CD,DVD

ゲザ・アンダ と ラドゥ・ルプー

ハーゲン・プロジェクトの続きを書いている途中なのだけれど、ちょっと道草。

ブラームスのピアノ協奏曲は、いつも聴くのは1番はポリーニ&ベーム&ウィーンフィルで、2番はツィメルマンとバーンスタイン&ウィーン・フィルだったけれど、このところ他のものもいろいろ聴いていた。1番ではエレーヌ・グリモー&ザンデルリング&シュターツカペレ・ベルリン。スピーチだけでなく演奏が意外によかったのが(笑)グレン・グールド&バーンスタイン&ニューヨーク・フィル。ピアノは好きだけれどオケが好みでなくて残念だったのがルプー。ネルソン・フレイレ&シャイー&ゲヴァントハウス管はとても上手だけれど、何かが(たぶん若さゆえの残酷さとか情熱とか、野蛮なところ)足りない。2番ではゲザ・アンダ&カラヤン&ベルリンフィル。

2番の方が曲自体は好きで、でも今回1番に気を惹かれたのは、たぶんシューマンのせいだと思う。ハーゲン・プロジェクトに向けて、シューマンの弦楽四重奏とかピアノ五重奏とかを聴いているうちに、シューマンを追悼したといわれるブラームスのピアノ協奏曲1番の緩徐楽章が気になってきた。ポリーニ、グリモー、グールド、ルプー、皆異なる個性の演奏だけれど共通しているのは録音した時の年齢が若いということ。

アンダはモーツァルトやバルトークではまた異なる魅力を見せてくれる。

ルプーはブラームスの後期小品が好きだけれど、シューマン「子供の情景」も素晴らしい。この秋、ベートーヴェンのピアノ協奏曲4番を聴きに行く予定。

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「おさよ」 花緑のピアノばなし

「ジゼル」関連資料を調べていたら、こんなものがヒットして、聴いてみた・・・

花緑さんと小林十市さんとの兄弟対談が、おまけじゃなくて解説として付いていて、バレエの「ジゼル」と日本語が分かる人なら楽しめること必至。バレエを知らない人でも創作落語が嫌いでなければ、楽しめると思う。

お囃子のかわりに花緑さんが演奏するドビュッシーのピアノ曲が挿入されていてはまっている。

笑った~。

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HMVマルチバイ

ムターのブラームス・ヴァイオリン・ソナタ集が当初の予定より遅れて手元に届いた。同時に他数点をマルチバイ3割引きで発注。ブラームスは予約だから2.5割引きのままだったけれど、同時注文品がいつの間にか4割引きになっていて得した気分。

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ブラームス ヴァイオリン ソナタ

* 2/12 スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ 加筆
* *  3/15 ヴェンゲーロフ&マルコヴィチ、ムター&ワイセンベルク、ムター&オルキス 加筆

Brahms Sonaten für Violine und Klavier

4月アンネ・ゾフィ・ムターのブラームス ヴァイオリン・ソナタを聴きに行く。演奏はおそらく2番、1番、3番という順番で2007年のクレーメル&ツィメルマンのときと同じだと思われる。その演奏はそれまで私が思い描いていたツィメルマンと大違いで、優しくロマンティックであり、また情熱的でもあった。もっと優等生的な演奏をする人だと思っていたので驚いたが、それから3年が経った。少し早目だけれど少し予習しておこう。

Op.78 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.1 G-dur
有名なこの曲、ブラームス自身のOP.59-3「Regenlied」Op.59-4「Nachklang」のメロディを使っているのが「雨の歌」と呼ばれる所以らしいが、フィッシャー=ディスカウが歌う曲を聴くと少々陰鬱で歯がゆいような思いも感じる。歌詞の内容は雨に打たれて子供のころを思い出し、自然に対する畏敬の念と生命を感じるというような、神秘主義的内容。クララ・シューマンが好きだったというこの曲を使って書きあげた初めてのヴァイオリン・ソナタが完成するとブラームスはクララのもとに楽譜を送ったとのこと。私にはOp.59よりOp.78のほうが豊かな感情と官能性が感じられる。ピツィカートの音を聴くと演奏者が抱いている雨の様子が目に浮かんで楽しい。

Op.100 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.2 A-dur
ブラームスの作品の中では明るいのびやかな雰囲気がある曲。コンサートの一曲目にこの曲を持ってくるのもたぶんそういう理由じゃないかしら。またヴァイオリンにとっては演奏しやすい調性らしいから指ならしにもいいのかも。ヴァイオリンとピアノが交互に語りかけ相手の話に耳を傾け相槌を打つような穏やかな部分と第2楽章の心弾み歌いだしたくなるようなところから感情が揺れ動くところが最も好き。

Op.108 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.3 D-moll
この曲はいかにも唐突に始まる。突然降ってきた不幸に戸惑い苦しむかのような展開。この展開の仕方が奏者によって様々で面白い。比較的淡々と諦観を強く出す人もいれば、不幸に負けてはいられないとばかりに情熱的に歌い上げる人もあり、そこが聴きどころかな。

あと数枚(ムター&ワイセンベルク、スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ)書き足す予定

    

Szymon Goldberg,Artur Balsam(1953年)
ベルリン・フィルのコンサート・マスターだったシモン・ゴールドベルクのモノラル録音。(ヴァイオリンの音がすぐ近くで聴こえるような感じだけれど、録音状態は良好。)
1番は鬱屈した仄暗い情熱というか少し押しつけがましさを感じさせる演奏。2番の演奏も明るい解放感よりも陰影を感じさせる。クレーメルとツィメルマン程ではないが、3番が全体的にかなり速い。

Yehudi Menuhin,Louis Kentner(1956,57年)
録音状態が良くないところがあって時々音に歪みがあるのが難だけれど、人柄というか徳の高さが顕れているよう。メニューインのヴィブラートが直接的に聴く者の心を震わせる。ブラームスを聴くというよりもメニューインを聴くといった趣。

* Wolfgang Schneiderhan,Carl Seemann (1957,1960年)
温かみのある演奏で、今日的なシャープさには欠けるが、こういった演奏は現代の演奏家には聴くことができないので、癒されたいときにはいいかもしれない。

Leonid Kogan, Andrey Muitnik (1959年)
コーガンは上手だし、大変な熱演なのだけれど、録音状態が芳しくなく音割れしている。

Henryk Szeryng, Artur Rubinstein (1960年)
ピアノが美しくて、聴き惚れる。この時ルービンシュタインは70歳を超えていたはずだけれど、実にすばらしい。ブラームスのヴァイオリン・ソナタはピアノが美しいと、美しくないと、その真価が分からないのだと実感。2番のなんと気持ちのよい歌いぶり。3番はヴァイオリンの沈潜した暗い響きや時に焦燥感の感じられるような濁った音が効果的に使われ、ピアノが容赦ないフォルティシモでドラマティックに盛り上げ、劇的展開具合はある意味尋常でない。好き嫌いが分かれそうだが、3番は必聴。

Pinchas Zukerman,Daniel Barenboim(1974年)
ズーカーマンのヴァイオリンの音は低音域が良く響いて、録音当時の年齢(30歳くらい?)にしては落ち着いているけれども、高音はのびのびとした素直さがある。このころのバレンボイムのピアノは今よりも瑞々しくて魅力的。

* * Anne-Sophie Mutter,Alexis Weissenberg (1982年)
ムターの情感のこもった豊麗な響きが遺憾なく活かされた演奏で、この時まだ10代の少女とは思えない完成度ですばらしい。ただあまりの天才少女ぶりにブラームスの内奥に押し込められた屈折した思いは感じられない。そういった意味では美しいメロディが奏でられる2番が最も溌剌とした彼女の個性が生きているように思う。

Itzhak Perlman, Vladimir Ashkenazy (1983年)
ヴァイオリンとピアノの名手どうしの演奏。パールマンの音には寛大、温和なところが足りないような気がして私の好みではないけれど、これもピアノの演奏がすばらしく凡庸な演奏ではないので聴く価値はあると思う。

Gidon Kremer,Valery Afanassiev(1987年)
クレーメルはブラームスのソナタをたぶんこれしか録音していないと思う。アファナシエフによくあることだが全体的にかなり遅い。
私が好きな2番をクレーメルは穏やかに優しく奏でていて、Allegro AmabileのAllegro は完全無視の超スローモーションでAmabile(愛らしく)だけだが不思議と嫌味に感じない。1番はサントリーホールでのツィメルマンとの演奏はロマンティックだったけれど(それはたぶんツィメルマンの演奏のせいだと思う)、ここでは多少傍若無人な部分も感じられ、ブラームスへのシニカルな解釈が感じられる。そして最もドラマティックで美しい演奏が3番だ。(やはりクレーメルの奏でる音楽が大好き。)「僕たちはそれぞれ離れて誇りを持って生きてきたね。最近不安を覚えることが多いのは君だけではないよ。過去を振り返ると苦しかったことや甘美な出来事が走馬灯のように思い出されてくる。これまでの出来事をすべて受け入れ、尚且つ残された人生のすべてをかけてこの情熱を君に捧げるよ。」という風に聴こえる。他は超スローだったテンポが3番の第4楽章Presto agitatoでは誰より速く、これについてはクレーメルのこだわりを感じる。

Pierre Amoyal,Pascal Rogé(1991年)
素直な演奏で聴きやすい。1番はロマンティックで瑞々しいところと神秘主義的なところとのバランスが良い。2番、3番はブラームスの魅力の一つ多彩なリズム感が生きていると思う。ピアノが全体の構成と質感を作り出していて出色。

* * Maxim Vengerov, Alexander Markovich (1991年)
ヴェンゲーロフはいつ聴いても美しい響きと自然な流れの歌に溢れている。ただ深い感情の襞に隠れている情熱が見えてこない。それはピアノの演奏のせいかもしれない。ブラームスのヴァイオリン・ソナタのピアノがたんなる伴奏に終わってしまうと曲の魅力が半分損なわれてしまう。

Pinchas Zukerman,Marc Neikrug (1992年)
ヴァイオリンの音は美しいが、ピアノは前録音のほうが良い。前回と大きく異なるところはなし。

Gerhart Hetzel,Hermut Deutsch(1992年)
ウィーン・フィル往年のコンサートマスター ゲルハルト・ヘッツェルとヘルムート・ドイチュとの鮮烈な演奏。
クレーメルとツィメルマンとの演奏会の直後に友人が当時廃盤になっていたCDを貸してくれたのだが、数日前の演奏(色で言うと、パステルで描かれた7色の虹の外側に紫外線や赤外線まで感じられた。)とのあまりの違いに驚いた。現在のライナーノーツには心温まる演奏とあるけれど、それはロマンティックな豊饒さよりも、真っ直ぐで嫌味がなく、謹厳実直な厳しさがあった。またどこかノスタルジーを感じさせ、青白磁の香炉のようで繊細なヴァイオリンの音の美しさはピカイチ。ヴァイオリンが気持ちよく歌っている2番はドイチュが歌曲の伴奏に長けているからだろう。実演を聴きたかったな。

Kyung-Wha Chung, Peter Frankl (1995年)
チョン・キョン・ファのイメージからするとかなり控えめな演奏で慈愛が感じられるのだけれど、地味ともいえる。それはピアノのせいもあると思う。ヴァイオリンもピアノもどちらもが禁欲的、女性的すぎるのかもしれない。

* Viktoria Mullova,Piotr Anderszewski (1997年)
ムローヴァは30代半ば、アンデルシェフスキが20代半ばのときの録音。ムローヴァは彼の今日の活躍を予見していたのだろうか。
他の演奏では思い出さなかったのに、この演奏を聴いているうちに、若くして死んでしまった友人のことを思い出した。典型的優等生で声高に自己主張することなく優しく温和、でも心の中では天使と悪魔が火花を散らして葛藤しているような人だった。私にとってはさらっと聴き流すことのできない演奏で、クララの訃報を聴いたブラームスが雨の歌を演奏しているうちに嗚咽してその場を走り去ったという逸話を思い出させた。

Maxim Vengerov,Lylia Zilberstein(2004年)OP.108 3番のみ
ルガーノ・フェスティヴァル ライヴ録音。
ヴェンゲーロフの音は好き。このところ聴けないのが残念。しかし、この演奏を聴くとヴェンゲーロフが演奏活動を辞めて(休止して)しまったのは、肩の故障のためだけではないのではと思わされる。艶やかな音は美しいし、テクニックもある、でも彼だけが表現できる情念世界はここには表れていないのではないかな。まだ30代の彼が豊かな人生経験を積んで演奏活動を再開する日を楽しみにしていよう。

* Nikolaj Znaider, Yefim Bronfman(2005年)
正統派の繊細さがあり尚且つ男性的な演奏。
3番のadagioはあまりの気持ちよさに眠くなってしまった。(貶してない。)諦観や焦燥感をみせて嘆くことなく、最後までいい人ブラームスが泰然と構えている。

* * Anne-Sophie Mutter, Lambert Orkis (2009年)
今年の4月に聴きに行く演奏会と同じ奏者、プログラムでの録音。前回の録音から27年が経ち、天才少女と呼ばれたムターは女王と呼ばれるようになった。予約したCDが届くのが待ち遠しかった。しかし正直こんなに感動するとは思わなかった。美音を鳴らしてムターらしさを演出せずとも様々な音色を使い分け陰影に富んだ演奏の中に自然体の芸術家が存在していた。
それまでの上手な演奏家だけれど同性として時として苛つくときもあって積極的に聴こうという気がしなかったのが、(その点ムローヴァのほうが好きだった。)メンデルスゾーンのコンチェルト(クルト・マズア)と室内楽(アンドレ・プレヴィン)を昨年TV放送されたものを聴いてからムターに興味を持つようになった。
4月のリサイタルが楽しみ。

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追悼 オトマール・スウィトナー

1月8日に亡くなったことを今日知りました。

実演は聴いたことがないけれど、CDは聴く機会が多い指揮者です。モーツァルトの演奏が特に好きです。「フィガロの結婚」「魔笛」はとても楽しくて、イタリア語ではないドイツ語の「フィガロ」なんて豪華な出演者にも恵まれて何度でも楽しめます。ドイツ人だと思っていたら、母親はイタリア系ということでどうりで人懐こい雰囲気だと納得しました。モーツァルトの交響曲やヨハン・シュトラウス一族なども聴きやすいけれど、「春の祭典」とかマーラーなんかも良くて、シュターツ・カペレ・ドレスデンとのコンビは生命力のある明るい音色が良かった。

どうぞ安らかにお眠りください。

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ラフマニノフ交響曲第2番

第2、第3楽章のメロディアスな部分は映画音楽のようだけれども、大地の底から響いてくる民謡的なところもあり、旧ソ連あるいはロシア系の指揮者による演奏が圧倒的に多い。ラフマニノフはチャイコフスキー同様どちらかというと苦手な作曲家のため、演奏によってはまったく頭も心も素通りする危険大の曲。

プレヴィン+ロンドン交響楽団(1975)
他のものに比べて特にテンポが速いということもないのに、スリリングな演奏。プレヴィンが得意にしているだけのことはある。美しい音を奏でることに比重が置かれすぎずに、音楽が作り出す宇宙なり心情世界に軸足があるのかな。

マゼール+ベルリンフィル(1982)
上記プレヴィンの演奏と何が違うのだろうか。音の美しさだったらこちらのほうが上だ。ドラマの組み立てもうまいと思う。でもわくわくするような何かが足りない。

テミルカノフ+サンクトペテルブルク・フィル(1991)
いかにもロシアらしい音作りと歌わせ方で、私は苦手だが、ロシアらしい響きが好きな人にはどっぷりと浸れる演奏ではないかと。

プレトニョフ+ロシア・ナショナル管弦楽団(1993)
プレトニョフの描くロマンティシズムはロシア的な土臭さとか暑苦しさがなくて、一見スタイリッシュなのに、実はグラマーなツンデレの女の子のようだ。

アシュケナージ+ロイヤルコンセルトヘボウ(1998)
映画音楽に聞こえる、典型的演奏。

パーヴォ・ヤルヴィ+シンシナティ交響楽団(2007)
メリハリが利いていながら大仰すぎないので素直に聴ける。
ヤルヴィの出身地のエストニア語はフィンランド語同様ウラル語族で、ロシア文化には親近感と同時に一定の距離感があるのか、または米国で生活しているので客観視できるのかもしれない。
来週の演奏会が楽しみだな。

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ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブル-」

気付けば、来週はもうシンシナティ交響楽団のコンサート。いくらポピュラーな曲とはいえ、演奏によってかなり雰囲気の異なるこの曲をもう一度聴いておこうと思う。
ガーシュウィンがロシアから米国に移民したユダヤ人だからか、米国籍の音楽家全体に占めるロシア系ユダヤ人の割合が高いせいか、かつては米国籍のユダヤ人音楽家の演奏が多かったが、現在では様々な出自の演奏者がいてそれぞれの個性が出ていて面白い。

プレヴィン+ロンドン交響楽団(1971)
私にとってのスタンダード。プレヴィンは指揮者でもあり、ジャズピアニストでもあるけど、クラシックピアニストとしての演奏のほうがモーツアルトでもメンデルスゾーンでもブラームスでも好き。これもクラシックよりの演奏。プレヴィンのCD(LP)ジャケット写真はガーシュウィンにしてもラフマニノフにしてもスタイリッシュで、プログレみたい。たぶん当時そういう層に売り込んだのだろうな。ずいぶん太ったけど、今なおおしゃれ。

バーンスタイン+ロス・アンジェルス・フィル(1982)
作曲家、指揮者としてのバーンスタインは好きだけれど、ピアニストとしては面白くない。

マイケル・ティルソン・トーマス+ロス・アンジェルス・フィル(1985)
これは面白かった。プレヴィンがクラシックとして演奏しているのに対して、こちらはかなりジャズより。クレジットによると、祖父と父はガーシュウィンにピアノを習い、叔父はガーシュウィンの親友だったとか。ガーシュウィン本人が演奏したピアノロールというのをまだ聴いていないが、聴いてみたくなった。

山下洋輔(1986)
昨年聴いた生演奏に比べるとおとなしいけれど、それでも充分面白い。アルバムに入っている他の曲もバッハのチェロ組曲とかショパンのノクターンとか遊び心がいっぱいで、でも原曲に対する尊敬の気持ちはきちんと表現されていて、とても楽しい。自作のピアノクインテット2番はジャズというより寧ろ現代音楽として聴ける。ジャンル分けすること自体に意味がないのだというような作品。

レヴァイン+シカゴ響(1990)
ピアノは上手い、けれども、圧倒的にオーケストラの華やかな音色が勝ってる気がする。ピアノがオーケストラの伴奏をしているような、珍しい演奏。全体としては、いかにもアメリカらしい出来上がり。

パスカル・ロジェ+ウィーン放送響(2008)
洗練されていて、耳に心地よい仕上がり。ただこれがガーシュウィンらしい気はしない。ガーシュウィンがラヴェルに憧れて渡仏し、「管弦楽法を教えてほしい」と頼んだ時のラヴェルの返答「君は一流のガーシュウィンじゃないか、二流のラヴェルになることはない。」と書かれていたことがそのままあてはまるような。。。

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ブラームス 交響曲第2番

来週聴きに行く、ジョナサン・ノット+バンベルク響のもう一つの演奏曲、交響曲第2番は、心弾む明るさがあり、作曲された時期がヴァイオリン協奏曲と近いので、この二つを組ませたプログラムは構えずに聴けると思う。(Violin Concertoはopus77、ちなみに78はViolin Sonata Nr.1雨の歌、79はピアノのための2つのラプソディ、80は大学祝典序曲、81は悲劇的序曲、82はピアノ協奏曲第2番とこの時期名曲が次々と書かれる。)

 Brahms Symphonie Nr.2 D-dur opus73

フルトヴェングラー+ウィーン・フィル(1945)
この演奏はクレジットによるとフルトヴェングラーが終戦を間際に控えてスイスへ亡命する前夜に行われた演奏会のライヴ録音とのことで、ウィーン・フィルが鞭打たれて軋みながら悲鳴をあげて突っ走るような演奏で、聴いているのが苦痛になる。スイスへ亡命する話で映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思い出した。

トスカニーニ+NBC管(1952)
録音状態が良いとは言えないが、野性的で野太い金管の音に驚くが、全体的にはロマンティックで優しくなおかつ雄大さもある。比較的早いテンポで快活な演奏。実際カーネギーホールで聴いたらどんな音だったのか想像しながら聴くと楽しい。

ベーム+ウィーン・フィル(1975)
普段聴いているのがこれ。派手さはないけれど、豊かな響きで心が和む演奏。ベームの指揮というとまずオペラが浮かぶように、オーケストラ全体が自然に歌っているように聴こえる。ブラームスはオペラを書いていないけれど、作品に占める歌曲の割合が高く、このあたりもウィーン・フィルやベームが得意にした要因の一つかもしれない。(もちろん、歴史的なつながりは大きいだろうけれど。)

カラヤン+ベルリン・フィル(1986)
楽器の華やかな鳴りは楽しめるけれど、意外なところで「あらっ」な部分もあり、細部を気にしなければ全体はスムーズに流れて映画音楽のように聴ける。(カラヤンとベルリン・フィルに辛口なのは、相性の問題かなぁ。)

ハイティンク+ボストン響(1990)
ゆったりとしたテンポで雄大なイメージ。ホルンのソロがきれいに響いて、ブラームスが滞在していたベルチャッハののどかな様子が浮かぶところは良いのだが、時としてあげる金管やコントラバスの野太い咆哮と高音になると弦楽器がヒステリックになるのが気になる。

マゼール+バイエルン放送交響楽団(1993)
マリアンネ・フォン・ヴァイツゼッカー基金設立記念コンサートのライヴ録音・録画DVD。前半はフランク・ペーター・ツィンマーマンのチャイコフスキー・ヴァイオリンコンチェルトで、ツィンマーマンの美音とオーケストラの安定した音が融和して、私がチャイコフスキーを苦手にしていても、Bravo!と拍手したくなる演奏。そして交響曲第2番。優美でありながらどこか開放的な明るさがあり、それがブラームスの2番という曲想にあっていた。こちらも、レヴェルの高い演奏だったが、ちょっと、若いツィンマーマンに持っていかれた感あり。

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ブラームス ヴァイオリン協奏曲

10/7 グリュミオーとテツラフとラクリンを追記
10/13 クレーメル+カラヤンとオイストラフ+クレンペラーを追記
10/18 クレーメル+アーノンクール+ロイヤルコンセルトヘボウを追記
****3/2( 2010)  グリュミオー+ベイヌム+ロイヤルコンセルトヘボウと
    ムター+マズア+ニューヨークフィル 、ムローヴァ+アバド+BPOを追記

このところ体調不良で癒されたい(そういえば少し前にはロ短調に嵌っていたな)気持ちが強くて、桂米朝・枝雀の上方落語とモーツァルトを聴いていることが多くて、ブラームスの予習を怠っていたことに気付いた。
今月ジョナサン・ノット+バンベルク響+クリスティアン・テツラフのブラームスを聴きに行くのだった。ブラームスのヴァイオリン協奏曲はもともと好きな曲だけれど、一度にあれこれ聴き比べたことはなかったので、これを良い機会に改めて聴いてみた。

 Brahms Violin Concerto 

ハイフェッツ+フリッツ・ライナー+シカゴ響(1955)
これは1950年代の録音にしてはきれいだし、ハイフェッツの演奏が技巧に走ったものではなく楽器が存分に鳴り、歌い、意外にもカデンツァ以外はスタンダードなブラームスを聴かせてくれる。せっかくハイフェッツを聴いているのにある意味そこが面白くないと言えるかもしれないが。スピード感があって私は好きな演奏の一つ。

****グリュミオー+ベイヌム+ロイヤルコンセルトヘボウ(1958)
ずっと欲しかったこのCDなかなか入手できなかったが、amazonで発見して手に入れることができた。
1971年の録音に比べると全体的に速く、より情熱的で、グリュミオーが力で寄りきろうとする部分もあり一途さと自信が感じられる。一方、オーケストラもグリュミオーと渡り合う緊張感をもちつつ充分ロマンティックに歌っており、録音から50年経ってもなお、この曲の最高の演奏の一つだと思う。
グリュミオーの演奏で好きなものにツィゴイネルワイゼンとツィガーヌ(ともに1962年録音)があるが、超絶技巧だけでない、ロマの底なしの暗い情念とあらゆるものを焼き尽くすかのような情熱が息苦しいくらいに表現されていて、このブラームスのコンチェルトでも同じ魅力が発散され、グリュミオーが演奏する神の領域に達するかのようなモーツァルトやバッハにはない一面を見せてくれる。

コーガン+コンドラシン+フィルハーモニア管(1959)
音色は豊かでオーケストラもロシアのオーケストラかと思うような大仰さをもっていてヴァイオリンとのバランスも悪くない。重音の響かせ方や第3楽章のリズム感など面白みに欠ける。

オイストラフ+クレンペラー+フランス国立放送局管(1960)
悪くなかったような気がするのだが、眠くなってしまった。全体的には美しい音色なのだが、高音の速いパッセージは音の輪郭がぼやけるのと音程が不安定になるのが気になる。もっと若い時の演奏を聴かないと公平じゃないのかもしれない。

オイストラフ+コンドラシン+モスクワ・フィル(1963)
巨匠らしい泰然とした艶やかな演奏なのだが、時々音が外れるのが気になるのと、第3楽章のリズム感が重く感じられる。

グリュミオー+コリン・デイヴィス+ニュー・フィルハーモニア管(1971)
一つ一つの音を慈しむかのような演奏で、まるで母や祖母から受け継いだ宝石箱を覗き込んでいるような気持ちにさせられる。ブラームスの音楽のそしてヴァイオリンという楽器の美しい部分を表現するとこうなるのだというお手本。オーケストラは表に出て主張することなくあくまでグリュミオーを引き立てている。カデンツァはヨアヒム作をほとんど変えずそのまま弾いていると解説されているが、こんな美しいカデンツァを聴いたことがない。

クレーメル+カラヤン+ベルリン・フィル(1976)
クレーメルらしくたいへん繊細な響きの高音で、オイストラフの高音部分とは音程が異なるのではないかと思う。カデンツァはクライスラーのもの。ベルリン・フィルのキラキラと輝くような音色との相性は悪くない。1、2楽章のリズム感とテンポはカラヤン色が強いように思うが、3楽章はクレーメルがオーケストラを牽引していこうとして、思わず音を外すところもあって逆に楽しくなってしまった。

スターン+メータ+ニューヨークフィル(1978)
アイザック・スターンもズビン・メータも嫌いではない。でもこの演奏には色気がなさすぎる気がする。ブラームスの曲はテンポを揺らして演奏されることが多いが、テンポを揺らした時に音程が上ずってしまうと興ざめしてしまう。スターンは若い時はもっとカッチとした演奏をしていたように思う。ヴァイオリンという楽器は本当に難しいのだと思う。自分が弾けないのでその難しさがどんなものかが理解できないのが残念だけれど。

ムター+カラヤン+ベルリン・フィル(1981)
ムター17、8歳の演奏。精巧なテクニックはもちろんだけれども、豊かな情感と鋭利な突っ込みとの鮮やかな切り替えは老獪ささえ感じさせる。五嶋みどりがヴァイオリンの音を聴くと男女の区別もおおよその年齢も生まれ育った文化圏まで分かると書いていたが、私にはそこまではわからない。でもこの演奏は女であることを主張しているように思う。カラヤンがあまり得意でない私にはオーケストラ、特に弦楽器がヒステリックに聴こえるが、好き嫌いを超えてムターの演奏にはとにかく舌を巻く。

クレーメル+バーンスタイン+ウィーン・フィル(1982)
一般的でないとは思うけれど、この演奏が私にとってのベスト。曲者どうしの組み合わせがたまらないのだ。基本的にクレーメルの奏でる音が好きなことに加えて、マックス・レーガーのフーガをカデンツァにしているのがクレーメルらしい。ヴァイオリン・コンチェルトの場合、オーケストラには大勢のヴァイオリン奏者がいてその代表であるコンサートマスターとソリストはいわばライヴァルなわけで、ヘッツェルとクレーメルとの駆け引きが(もちろんバーンスタインが仕掛けている)引き締まった演奏にしていると思われる。また、オーボエとチェロの音が柔らかく美しいのも気に入っているところ。

****ムローヴァ+アバド+ベルリン・フィル(1992 サントリーホールライヴ)
ムローヴァの美音と几帳面な演奏を暖かくサポートするアバドの愛情を感じる。ベルリン・フィルがこんなに優しい響きを作り出せることに少なからず驚く。ムローヴァの演奏は几帳面だけれど大変な熱演で彼女はこういった内向的な情熱を表現することに長けているというか、適性があるのだと思う。情熱的なのに初めから終わりまで自然体で、これ見よがしな部分がなく気持ちが安らぐ。この曲は一般的には多くの聴衆に向けて聴かせるものと思われるが、これは親しい友人同士のお茶会で寛いでいる気分だ。
ムローヴァのCDを今回まとめて聴いた。どの曲も私にとっては聴きやすく特にブラームス、プロコフィエフ、バッハはソナタでもコンチェルトでもたいへん美しい。

ジュシュア・ベル+ドホナーニ+クリーヴランド管(1994)
ベルの演奏は奇をてらったところがなく、淀みなく美しいメロディを奏でていく。ベルが若いせいか、屈折していない、清々しい演奏でユダヤ人らしくなく男臭さがない、ロマンティックなブラームスである。カデンツァはベルのオリジナルで面白い。

竹澤恭子+コリン・デイヴィス+バイエルン放送響(1995)
全体のテンポ設定が遅く、重々しいオーケストラはドイツらしい。竹澤のヴァイオリンも重厚な音色で奏でられる。たいへん気真面目な演奏のため少し息苦しい。今回聴いたカデンツァでヨアヒムのものの中では最も個性的でかつ美しい。(グリュミオーを聴いてしまったので、一番の座を譲ってしまった。)

クレーメル+アーノンクール+コンセルト・ヘボウ(1996)
自然に溶け込んでいるカデンツァはエネスコ作。全体的に室内楽のような雰囲気の仕上がり。このCDは、クレメンス・ハーゲンとのドッペル、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調のほうが聴き逃せない。ヴァイオリン協奏曲よりもさらに室内楽的性格の強いこの曲が大変美しい。アーノンクールの妻との思い出が語られるまでもなく、本来この曲が生まれるきっかけになったブラームスとヨアヒムとの和解が、ヴァイオリンとチェロ、オーケストラとの対話に感じられる。

****ムター+マズア+ニューヨークフィル(1997)
楽器を艶やかに鳴らすことにかけては共演者が誰でも優れているムターだけれど、カラヤンが亡くなって年月が過ぎてもまだムターの自分探し途上でこの曲本来の面白みには欠ける気がする。

ヒラリー・ハーン+マリナー+アカデミー室内管(2001)
21歳と若いハーンが美音を響かせ、きっちりと音程を崩さずに、スケールの大きな演奏を聴かせてくれる。真面目なせいか少し面白みに欠ける。

テツラフ+ダウスゴー+デンマーク国立響(2006)
演奏は情熱的だが、音が硬いに膨らみが足りないのは、使用している楽器がモダン楽器だということもあるかもしれないが、弓がカーボンのせいではないかと思う。彼がカーボン弓を使うのは、普通の弓だと切れてしまうからだと聞いたが、この楽器で独自の境地を切り開いていくのを楽しみにしたいと思う。
この演奏にカップリングされているのがヨアヒム・ヴァイオリン協奏曲第2番。はじめて聴く曲なのになぜか親しみを感じるのは、ベートーヴェンやブラームスのカデンツァで聴いている節回しが同じだからか?

ラクリン+マリス・ヤンソンス+コンセルト・ヘボウ(2008)
昨年NHK音楽祭の時の録画。
ジュリアン・ラクリンの音は陰影が濃くて特に低音は深く豊かに響く。ジョシュア・ベルとは対照的に大胆で男臭い演奏。オーケストラが艶やかな音を奏でていることで、そのことが強調される。オーボエ奏者とラクリンは友達だそうだが、このオーボエがたいへん目立つ。今年6月亡くなった黒田恭一さんがラクリンの演奏を聴いて「若き巨匠」と言っていた。合掌。

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ぜひ聴いてみたいのはグリュミオー+コリン・デイヴィス+ニュー・フィルハーモニア管
これを聴いたら、これがベストになるのではないかという気もしているくらい、グリュミオーは大好きなヴァイオリニストで、モーツァルトやバッハ、ベートーヴェンその他の小品集は持っているのにブラームスのコンチェルトは聴いたことがない。この人の音の美しさはこの世のものではないようで別格。生の演奏を聴けなかったことが非常に残念な人。

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そうだやっぱりグリュミオーとテツラフは聴かなくては。ついでにクレーメルがアーノンクールと組んだのと、オイストラフは録音が数多いからもう1枚くらい聴いておこうかな。
ということで、少しずつ書き足していくつもり。

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ロ短調, in B minor, h-mol

最近天気が不順なせいか、それとも日食のせいか、体調が優れない。
気分がのってこない、そんな時は、ロ短調の曲に身を任せると、癒されるような気がする。

バッハ ロ短調ミサ BWV232

バッハ ブランデンブルク協奏曲 組曲2 BWV1067

バッハ 平均律クラヴィーア曲集
 第1巻24番 BWV869、第2巻24番BWV893

バッハ ヴァイオリン・ソナタ 1番 BWV1014

バッハ 無伴奏ヴァイオリン パルティータ 1番 BWV1002

*モーツァルト KV.540 アダージョ・・・泣き笑いさえできない。
                      姉ナンネルに贈られた曲

リスト ピアノ・ソナタ ロ短調

ショパン エチュード op.25-10 in B minor

ショパン ピアノ・ソナタ 3番

ショパン 前奏曲 op.28-6

ショパン マズルカ op.30-2、33-4

ショパン スケルツォ op.20

シューマン アレグロ in B minor

ブラームスの後期ピアノ小品 op.76、79、119

その他ロ短調の曲 サン=サーンスのヴァイオリンコンチェルト3番、ラフマニノフのプレリュードとか、チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」、 交響曲でいうとシューベルトの第7番「未完成」もロ短調なのね。そうだ、パガニーニのカプリース第2番もだ!エルガーのヴァイオリン協奏曲もあるし、ブラームスではクラリネット五重奏曲(カール・ライスターとアマデウス・カルテットのCD持ってたのだった。)とかヴィヴァルディのヴァイオリンとチェロのためのコンチェルト等など。それにしても、バッハはそもそも作った曲の数が半端ではないので別にして、ショパンってロ短調の曲が多い人だったのね。

リストのロ短調ソナタは、アルゲリッチ≪1972年≫とポリーニ≪1989年≫とツィメルマン≪1990年≫のCDしか聴いたことがない、って、そもそもこの曲今まであまり好きじゃなかった。急に、気分がロ短調になったせいで、初めてじっくり聴いてみた。アルゲリッチは元気がある時ならいいけど、今の気分ではない。ツィメルマンは薄暗い部屋で一人沈潜したいときに。ポリーニはじっとして何も考えずに横になっていて一番癒された。(ポリーニのときは黙って共に静寂を共有できる人がいてもいいと思った。)これって録音時のピアニストの年齢とも関係あるかもしれない。

*2010.02.24 追記
 リストのロ短調ソナタとショパンのピアノソナタ3番は他日演奏者別に少し書き足すつもり。

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