CD,DVD

2012年11月16日 (金)

レオニダス・カヴァコス & エンリコ・パーチェ

2012.11.15 トッパンホール

ベートーヴェン:
  ヴァイオリンソナタ第1番ニ長調Op.12-1
  ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調Op.24《春》
  ヴァイオリンソナタ第9番イ長調Op.47《クロイツェル》
アンコール
ストラヴィンスキー:サミュエル・ドゥシュキン編曲
  《ペトルーシュカ》よりロシアの踊り
ベートーヴェン:
  ヴァイオリンソナタ第6番イ長調Op.30-1第2楽章
  ヴァイオリンソナタ第8番ト長調Op.30-3第3楽章

開演の予鈴が鳴って結構な間が空いた。会場内で話される小声も途切れシーンしている。普段は気が短くて待たされるのが嫌いなのに、ギリシャ人とイタリア人だから、のんびりとこれから着替えるのかとか、どんな演奏が聴けるのか等と想像していたら不思議と楽しくなってきた。しばらくして舞台袖でチューニングする音が漏れてきた。ついに扉を開けて出てきたカヴァコスは想像以上に大きくて、黒い長髪、微妙に無精髭風、黒いスタンドカラーのオーバーシャツは幾何模様の織で袖と前立てに赤いパイピング。会場中の人に挨拶するかのように好奇心いっぱいに目を輝かせて端から端まで見渡している。人なつこいバーニーズ・マウンテン・ドックのようだ。そしてピアニストのパーチェは痩躯にグレーのロングタキシード、少々神経質そうな表情。この二人、実は同年齢。

譜面台に楽譜を置くと、すぐ演奏開始。ヴァイオリンはとても澄んだ綺麗な音でありながらも暖かくやわらかい。弓を上げ下げするたびにカヴァコスの呼吸が聞こえてきて、時々バンドネオンとかアコーディオンのような音を立てる。大きな体があの音色を作っているのだろう。一方ピアノは少々憂いを帯びた軽く澄んだ透明度の高い音で、でしゃばることなく歌をリードしていく。(この二人が演奏するベートーヴェンのヴァイオリンソナタを聴きながらこれを書いているけれども、ヴァイオリンもピアノも共に昨日とは印象が異なり、特にピアノの音が全く違う。)男性ピアニストにしては細めの指が鍵盤に対してフラットな構えで滑らかに移動し、ペダルの踏み方も丁寧で柔らか。楽譜にある音以外の音を立てない。パーチェは時々カヴァコスのほうを振り返って見ているけれど、カヴァコスがパーチェのほうを見ることはほとんどないせいかどうか、時折微妙に二人のタイミングがずれるのだけれど、こんな風に演奏したいんだなと思うだけで、またすぐに二人の呼吸があってくるので、特に違和感はない。
私はベートーヴェンのヴァイオリンソナタの1番、5番、8番、10番が好きで、グリュミオー&ハスキルかクレーメル&アルゲリッチの演奏を聴くことが多いが、夜眠れない時にはグリュミオー&ハスキルを聴くと気持ちが安らぐ。前半はまるでハスキルとグリュミオーを聴けたかのような幸福感に満たされた。

一転して後半のクロイツェルは、この曲が本来持っている魔性とかエキセントリックな感情の奔流とかを一気に爆発させたかのような演奏で、前半とは対照的だった。1楽章冒頭ヴァイオリンソロから大変な集中力で、ヴァイオリンの音量は全体的に3割アップしたような気がするし、テンポも強弱も自由自在に変化するのに合わせて多彩な音色が瞬時に切り替わるし、息つく暇がない。それまであまり激しい体の動きがなかったカヴァコスだがスフォルツァンド部分では飛び跳ね床を踏み鳴らしていた。2楽章での美しい歌い回しをヴァイオリンとピアノが交互に繰り返すところでも、控えめな表現ではなく、雄々しいとか堂々としたという表現の方がふさわしいくらいだった。3楽章ではこれまでフォルティッシモでもエレガントな演奏をしていたパーチェが肩より高いところから腕を振り下ろしてガツンと凄い勢いで始まり、どんどんヒートアップして会場全体が興奮の坩堝と化したといっても過言ではないと思う。最後の余韻はピアノがより長く残り、幽かな音の消えゆく時間やや静寂があって、小さなホールが万雷の拍手で満たされた。本人たちも渾身の演奏に満足の笑顔を見せていた。
アンコールはベートーヴェンの他のソナタだろうと思っていたら、まさかのペトルーシュカで驚いたけれど、先程の興奮が続きノリノリの超絶技巧これでもか!状態で盛り上がりも最高潮。次はクールダウンのベートーヴェンソナタの6番、そして8番。どちらも大変優美でちょっと悲哀が感じられて大満足。サイン会にはたくさんの人が並んでいたようだけれど、私は今聴いているこのベートーヴェンソナタ全曲のCDだけ購入して帰宅の途に就いた。この秋一番幸せな時間だった。

追記

カヴァコスもパーチェもどちらも強く印象に残ったので、うちにあるTVの録画番組(ヴェルビエ音楽祭2012)とかYou Tubeの映像(http://www.festivalnazioni.com/IT/Galleria/Foto)とかを見たら、ステージ衣装は同じもののようだった。ただしFESTIVAL DELLE NAZIONI の映像は音割れしていて、ちょっと聞きづらい。ヴェルビエではジョシュア・ベルとイザイを演奏しているけれど、ベルも1967年生まれの同い年。二人の演奏スタイルはかなり違うのに、生まれてくる音には共通点が多いように感じた。

2012年1月17日 (火)

アルカント・カルテット

2012.01.15 トッパンホール

バルトーク 弦楽四重奏曲第6番 Sz114
ハイドン 弦楽四重奏曲 ロ短調 Op.64-2 Hob.III-68
ドビュッシー 弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10
アンコール
クルターク 5つの楽興の時より カプリッチョ
ブラームス 弦楽四重奏曲第3番より 第3楽章
J.S.バッハ フーガの技法 BWV1080より コントラプンクトゥス

バルトークは正直なところ私の好きな攻撃的で鋭利な演奏ではなかったため少々眠かったのだけれど、普段なら眠くなるハイドンが寧ろ良くてこういった古典の方が得意なのかと思った。2ndVnのゼペックは綺麗な音で、暖かな音でたっぷりとした響きを作り出すタベア・ツィンマーマンとこの二人がカルテットをコントロールしているようだった。ツィンマーマンはやはり巧かった。
休憩を挿んで、ドビュッシーがとても魅力的な演奏でホール全体が歌っているようだった。ヴァイトハースとケラスの音も興に乗って、ブラームスとドビュッシーがこの日の白眉だったと思う。
これだけバラエティに富んだ曲をたっぷり聴かせてもらえ、また、4人とも終始にこやかだったおかげで、とても幸せな気持ちにしてもらえた。終演後サイン会に出てくるのを待って、拍手して帰ろうとしたらヴァイトハースとツィンマーマンの二人から「Thank you.」と言われて嬉しかった。

Q

ドビュッシーの弦楽四重奏曲の入っているCDの表紙。
スーラやピサロ、シニャックの絵と似ているけど見たことが無いので誰の絵だろうかと思ったら、新印象派マクシミリアン・ルースのCouillet la nuitという絵だとのこと。
CDの中を開くとこんなモノクローム仕上。なかなかおしゃれに出来ているけれど、このユニットのイメージは元気がありなおかつ洗練されているけれど、モノクロームではないかな。
特に一見地味なゼペックは右耳にだけ大き目なゴールドのピアスをしていて、昔のちょっと”とっぽい”高校生のようだし、ケラスも茶目っけたっぷりだし、前述のようにヴァイトハースとツィンマーマンも気取らず親しみやすそうな印象。
Q_3

CDを聴いたところではやはりドビュッシーが好印象。

2010年10月 8日 (金)

ゲザ・アンダ と ラドゥ・ルプー

ハーゲン・プロジェクトの続きを書いている途中なのだけれど、ちょっと道草。

ブラームスのピアノ協奏曲は、いつも聴くのは1番はポリーニ&ベーム&ウィーンフィルで、2番はツィメルマンとバーンスタイン&ウィーン・フィルだったけれど、このところ他のものもいろいろ聴いていた。1番ではエレーヌ・グリモー&ザンデルリング&シュターツカペレ・ベルリン。スピーチだけでなく演奏が意外によかったのが(笑)グレン・グールド&バーンスタイン&ニューヨーク・フィル。ピアノは好きだけれどオケが好みでなくて残念だったのがルプー。ネルソン・フレイレ&シャイー&ゲヴァントハウス管はとても上手だけれど、何かが(たぶん若さゆえの残酷さとか情熱とか、野蛮なところ)足りない。2番ではゲザ・アンダ&カラヤン&ベルリンフィル。

2番の方が曲自体は好きで、でも今回1番に気を惹かれたのは、たぶんシューマンのせいだと思う。ハーゲン・プロジェクトに向けて、シューマンの弦楽四重奏とかピアノ五重奏とかを聴いているうちに、シューマンを追悼したといわれるブラームスのピアノ協奏曲1番の緩徐楽章が気になってきた。ポリーニ、グリモー、グールド、ルプー、皆異なる個性の演奏だけれど共通しているのは録音した時の年齢が若いということ。

アンダはモーツァルトやバルトークではまた異なる魅力を見せてくれる。

ルプーはブラームスの後期小品が好きだけれど、シューマン「子供の情景」も素晴らしい。この秋、ベートーヴェンのピアノ協奏曲4番を聴きに行く予定。

2010年3月31日 (水)

「おさよ」 花緑のピアノばなし

「ジゼル」関連資料を調べていたら、こんなものがヒットして、聴いてみた・・・

花緑さんと小林十市さんとの兄弟対談が、おまけじゃなくて解説として付いていて、バレエの「ジゼル」と日本語が分かる人なら楽しめること必至。バレエを知らない人でも創作落語が嫌いでなければ、楽しめると思う。

お囃子のかわりに花緑さんが演奏するドビュッシーのピアノ曲が挿入されていてはまっている。

笑った~。

2010年3月16日 (火)

HMVマルチバイ

ムターのブラームス・ヴァイオリン・ソナタ集が当初の予定より遅れて手元に届いた。同時に他数点をマルチバイ3割引きで発注。ブラームスは予約だから2.5割引きのままだったけれど、同時注文品がいつの間にか4割引きになっていて得した気分。

2010年1月17日 (日)

ブラームス ヴァイオリン ソナタ

* 2/12 スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ 加筆
* *  3/15 ヴェンゲーロフ&マルコヴィチ、ムター&ワイセンベルク、ムター&オルキス 加筆

Brahms Sonaten für Violine und Klavier

4月アンネ・ゾフィ・ムターのブラームス ヴァイオリン・ソナタを聴きに行く。演奏はおそらく2番、1番、3番という順番で2007年のクレーメル&ツィメルマンのときと同じだと思われる。その演奏はそれまで私が思い描いていたツィメルマンと大違いで、優しくロマンティックであり、また情熱的でもあった。もっと優等生的な演奏をする人だと思っていたので驚いたが、それから3年が経った。少し早目だけれど少し予習しておこう。

Op.78 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.1 G-dur
有名なこの曲、ブラームス自身のOP.59-3「Regenlied」Op.59-4「Nachklang」のメロディを使っているのが「雨の歌」と呼ばれる所以らしいが、フィッシャー=ディスカウが歌う曲を聴くと少々陰鬱で歯がゆいような思いも感じる。歌詞の内容は雨に打たれて子供のころを思い出し、自然に対する畏敬の念と生命を感じるというような、神秘主義的内容。クララ・シューマンが好きだったというこの曲を使って書きあげた初めてのヴァイオリン・ソナタが完成するとブラームスはクララのもとに楽譜を送ったとのこと。私にはOp.59よりOp.78のほうが豊かな感情と官能性が感じられる。ピツィカートの音を聴くと演奏者が抱いている雨の様子が目に浮かんで楽しい。

Op.100 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.2 A-dur
ブラームスの作品の中では明るいのびやかな雰囲気がある曲。コンサートの一曲目にこの曲を持ってくるのもたぶんそういう理由じゃないかしら。またヴァイオリンにとっては演奏しやすい調性らしいから指ならしにもいいのかも。ヴァイオリンとピアノが交互に語りかけ相手の話に耳を傾け相槌を打つような穏やかな部分と第2楽章の心弾み歌いだしたくなるようなところから感情が揺れ動くところが最も好き。

Op.108 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.3 D-moll
この曲はいかにも唐突に始まる。突然降ってきた不幸に戸惑い苦しむかのような展開。この展開の仕方が奏者によって様々で面白い。比較的淡々と諦観を強く出す人もいれば、不幸に負けてはいられないとばかりに情熱的に歌い上げる人もあり、そこが聴きどころかな。

あと数枚(ムター&ワイセンベルク、スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ)書き足す予定

    

Szymon Goldberg,Artur Balsam(1953年)
ベルリン・フィルのコンサート・マスターだったシモン・ゴールドベルクのモノラル録音。(ヴァイオリンの音がすぐ近くで聴こえるような感じだけれど、録音状態は良好。)
1番は鬱屈した仄暗い情熱というか少し押しつけがましさを感じさせる演奏。2番の演奏も明るい解放感よりも陰影を感じさせる。クレーメルとツィメルマン程ではないが、3番が全体的にかなり速い。

Yehudi Menuhin,Louis Kentner(1956,57年)
録音状態が良くないところがあって時々音に歪みがあるのが難だけれど、人柄というか徳の高さが顕れているよう。メニューインのヴィブラートが直接的に聴く者の心を震わせる。ブラームスを聴くというよりもメニューインを聴くといった趣。

* Wolfgang Schneiderhan,Carl Seemann (1957,1960年)
温かみのある演奏で、今日的なシャープさには欠けるが、こういった演奏は現代の演奏家には聴くことができないので、癒されたいときにはいいかもしれない。

Leonid Kogan, Andrey Muitnik (1959年)
コーガンは上手だし、大変な熱演なのだけれど、録音状態が芳しくなく音割れしている。

Henryk Szeryng, Artur Rubinstein (1960年)
ピアノが美しくて、聴き惚れる。この時ルービンシュタインは70歳を超えていたはずだけれど、実にすばらしい。ブラームスのヴァイオリン・ソナタはピアノが美しいと、美しくないと、その真価が分からないのだと実感。2番のなんと気持ちのよい歌いぶり。3番はヴァイオリンの沈潜した暗い響きや時に焦燥感の感じられるような濁った音が効果的に使われ、ピアノが容赦ないフォルティシモでドラマティックに盛り上げ、劇的展開具合はある意味尋常でない。好き嫌いが分かれそうだが、3番は必聴。

Pinchas Zukerman,Daniel Barenboim(1974年)
ズーカーマンのヴァイオリンの音は低音域が良く響いて、録音当時の年齢(30歳くらい?)にしては落ち着いているけれども、高音はのびのびとした素直さがある。このころのバレンボイムのピアノは今よりも瑞々しくて魅力的。

* * Anne-Sophie Mutter,Alexis Weissenberg (1982年)
ムターの情感のこもった豊麗な響きが遺憾なく活かされた演奏で、この時まだ10代の少女とは思えない完成度ですばらしい。ただあまりの天才少女ぶりにブラームスの内奥に押し込められた屈折した思いは感じられない。そういった意味では美しいメロディが奏でられる2番が最も溌剌とした彼女の個性が生きているように思う。

Itzhak Perlman, Vladimir Ashkenazy (1983年)
ヴァイオリンとピアノの名手どうしの演奏。パールマンの音には寛大、温和なところが足りないような気がして私の好みではないけれど、これもピアノの演奏がすばらしく凡庸な演奏ではないので聴く価値はあると思う。

Gidon Kremer,Valery Afanassiev(1987年)
クレーメルはブラームスのソナタをたぶんこれしか録音していないと思う。アファナシエフによくあることだが全体的にかなり遅い。
私が好きな2番をクレーメルは穏やかに優しく奏でていて、Allegro AmabileのAllegro は完全無視の超スローモーションでAmabile(愛らしく)だけだが不思議と嫌味に感じない。1番はサントリーホールでのツィメルマンとの演奏はロマンティックだったけれど(それはたぶんツィメルマンの演奏のせいだと思う)、ここでは多少傍若無人な部分も感じられ、ブラームスへのシニカルな解釈が感じられる。そして最もドラマティックで美しい演奏が3番だ。(やはりクレーメルの奏でる音楽が大好き。)「僕たちはそれぞれ離れて誇りを持って生きてきたね。最近不安を覚えることが多いのは君だけではないよ。過去を振り返ると苦しかったことや甘美な出来事が走馬灯のように思い出されてくる。これまでの出来事をすべて受け入れ、尚且つ残された人生のすべてをかけてこの情熱を君に捧げるよ。」という風に聴こえる。他は超スローだったテンポが3番の第4楽章Presto agitatoでは誰より速く、これについてはクレーメルのこだわりを感じる。

Pierre Amoyal,Pascal Rogé(1991年)
素直な演奏で聴きやすい。1番はロマンティックで瑞々しいところと神秘主義的なところとのバランスが良い。2番、3番はブラームスの魅力の一つ多彩なリズム感が生きていると思う。ピアノが全体の構成と質感を作り出していて出色。

* * Maxim Vengerov, Alexander Markovich (1991年)
ヴェンゲーロフはいつ聴いても美しい響きと自然な流れの歌に溢れている。ただ深い感情の襞に隠れている情熱が見えてこない。それはピアノの演奏のせいかもしれない。ブラームスのヴァイオリン・ソナタのピアノがたんなる伴奏に終わってしまうと曲の魅力が半分損なわれてしまう。

Pinchas Zukerman,Marc Neikrug (1992年)
ヴァイオリンの音は美しいが、ピアノは前録音のほうが良い。前回と大きく異なるところはなし。

Gerhart Hetzel,Hermut Deutsch(1992年)
ウィーン・フィル往年のコンサートマスター ゲルハルト・ヘッツェルとヘルムート・ドイチュとの鮮烈な演奏。
クレーメルとツィメルマンとの演奏会の直後に友人が当時廃盤になっていたCDを貸してくれたのだが、数日前の演奏(色で言うと、パステルで描かれた7色の虹の外側に紫外線や赤外線まで感じられた。)とのあまりの違いに驚いた。現在のライナーノーツには心温まる演奏とあるけれど、それはロマンティックな豊饒さよりも、真っ直ぐで嫌味がなく、謹厳実直な厳しさがあった。またどこかノスタルジーを感じさせ、青白磁の香炉のようで繊細なヴァイオリンの音の美しさはピカイチ。ヴァイオリンが気持ちよく歌っている2番はドイチュが歌曲の伴奏に長けているからだろう。実演を聴きたかったな。

Kyung-Wha Chung, Peter Frankl (1995年)
チョン・キョン・ファのイメージからするとかなり控えめな演奏で慈愛が感じられるのだけれど、地味ともいえる。それはピアノのせいもあると思う。ヴァイオリンもピアノもどちらもが禁欲的、女性的すぎるのかもしれない。

* Viktoria Mullova,Piotr Anderszewski (1997年)
ムローヴァは30代半ば、アンデルシェフスキが20代半ばのときの録音。ムローヴァは彼の今日の活躍を予見していたのだろうか。
他の演奏では思い出さなかったのに、この演奏を聴いているうちに、若くして死んでしまった友人のことを思い出した。典型的優等生で声高に自己主張することなく優しく温和、でも心の中では天使と悪魔が火花を散らして葛藤しているような人だった。私にとってはさらっと聴き流すことのできない演奏で、クララの訃報を聴いたブラームスが雨の歌を演奏しているうちに嗚咽してその場を走り去ったという逸話を思い出させた。

Maxim Vengerov,Lylia Zilberstein(2004年)OP.108 3番のみ
ルガーノ・フェスティヴァル ライヴ録音。
ヴェンゲーロフの音は好き。このところ聴けないのが残念。しかし、この演奏を聴くとヴェンゲーロフが演奏活動を辞めて(休止して)しまったのは、肩の故障のためだけではないのではと思わされる。艶やかな音は美しいし、テクニックもある、でも彼だけが表現できる情念世界はここには表れていないのではないかな。まだ30代の彼が豊かな人生経験を積んで演奏活動を再開する日を楽しみにしていよう。

* Nikolaj Znaider, Yefim Bronfman(2005年)
正統派の繊細さがあり尚且つ男性的な演奏。
3番のadagioはあまりの気持ちよさに眠くなってしまった。(貶してない。)諦観や焦燥感をみせて嘆くことなく、最後までいい人ブラームスが泰然と構えている。

* * Anne-Sophie Mutter, Lambert Orkis (2009年)
今年の4月に聴きに行く演奏会と同じ奏者、プログラムでの録音。前回の録音から27年が経ち、天才少女と呼ばれたムターは女王と呼ばれるようになった。予約したCDが届くのが待ち遠しかった。しかし正直こんなに感動するとは思わなかった。美音を鳴らしてムターらしさを演出せずとも様々な音色を使い分け陰影に富んだ演奏の中に自然体の芸術家が存在していた。
それまでの上手な演奏家だけれど同性として時として苛つくときもあって積極的に聴こうという気がしなかったのが、(その点ムローヴァのほうが好きだった。)メンデルスゾーンのコンチェルト(クルト・マズア)と室内楽(アンドレ・プレヴィン)を昨年TV放送されたものを聴いてからムターに興味を持つようになった。
4月のリサイタルが楽しみ。

2010年1月13日 (水)

追悼 オトマール・スウィトナー

1月8日に亡くなったことを今日知りました。

実演は聴いたことがないけれど、CDは聴く機会が多い指揮者です。モーツァルトの演奏が特に好きです。「フィガロの結婚」「魔笛」はとても楽しくて、イタリア語ではないドイツ語の「フィガロ」なんて豪華な出演者にも恵まれて何度でも楽しめます。ドイツ人だと思っていたら、母親はイタリア系ということでどうりで人懐こい雰囲気だと納得しました。モーツァルトの交響曲やヨハン・シュトラウス一族なども聴きやすいけれど、「春の祭典」とかマーラーなんかも良くて、シュターツ・カペレ・ドレスデンとのコンビは生命力のある明るい音色が良かった。

どうぞ安らかにお眠りください。

2009年10月23日 (金)

ラフマニノフ交響曲第2番

第2、第3楽章のメロディアスな部分は映画音楽のようだけれども、大地の底から響いてくる民謡的なところもあり、旧ソ連あるいはロシア系の指揮者による演奏が圧倒的に多い。ラフマニノフはチャイコフスキー同様どちらかというと苦手な作曲家のため、演奏によってはまったく頭も心も素通りする危険大の曲。

プレヴィン+ロンドン交響楽団(1975)
他のものに比べて特にテンポが速いということもないのに、スリリングな演奏。プレヴィンが得意にしているだけのことはある。美しい音を奏でることに比重が置かれすぎずに、音楽が作り出す宇宙なり心情世界に軸足があるのかな。

マゼール+ベルリンフィル(1982)
上記プレヴィンの演奏と何が違うのだろうか。音の美しさだったらこちらのほうが上だ。ドラマの組み立てもうまいと思う。でもわくわくするような何かが足りない。

テミルカノフ+サンクトペテルブルク・フィル(1991)
いかにもロシアらしい音作りと歌わせ方で、私は苦手だが、ロシアらしい響きが好きな人にはどっぷりと浸れる演奏ではないかと。

プレトニョフ+ロシア・ナショナル管弦楽団(1993)
プレトニョフの描くロマンティシズムはロシア的な土臭さとか暑苦しさがなくて、一見スタイリッシュなのに、実はグラマーなツンデレの女の子のようだ。

アシュケナージ+ロイヤルコンセルトヘボウ(1998)
映画音楽に聞こえる、典型的演奏。

パーヴォ・ヤルヴィ+シンシナティ交響楽団(2007)
メリハリが利いていながら大仰すぎないので素直に聴ける。
ヤルヴィの出身地のエストニア語はフィンランド語同様ウラル語族で、ロシア文化には親近感と同時に一定の距離感があるのか、または米国で生活しているので客観視できるのかもしれない。
来週の演奏会が楽しみだな。

2009年10月21日 (水)

ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブル-」

気付けば、来週はもうシンシナティ交響楽団のコンサート。いくらポピュラーな曲とはいえ、演奏によってかなり雰囲気の異なるこの曲をもう一度聴いておこうと思う。
ガーシュウィンがロシアから米国に移民したユダヤ人だからか、米国籍の音楽家全体に占めるロシア系ユダヤ人の割合が高いせいか、かつては米国籍のユダヤ人音楽家の演奏が多かったが、現在では様々な出自の演奏者がいてそれぞれの個性が出ていて面白い。

プレヴィン+ロンドン交響楽団(1971)
私にとってのスタンダード。プレヴィンは指揮者でもあり、ジャズピアニストでもあるけど、クラシックピアニストとしての演奏のほうがモーツアルトでもメンデルスゾーンでもブラームスでも好き。これもクラシックよりの演奏。プレヴィンのCD(LP)ジャケット写真はガーシュウィンにしてもラフマニノフにしてもスタイリッシュで、プログレみたい。たぶん当時そういう層に売り込んだのだろうな。ずいぶん太ったけど、今なおおしゃれ。

バーンスタイン+ロス・アンジェルス・フィル(1982)
作曲家、指揮者としてのバーンスタインは好きだけれど、ピアニストとしては面白くない。

マイケル・ティルソン・トーマス+ロス・アンジェルス・フィル(1985)
これは面白かった。プレヴィンがクラシックとして演奏しているのに対して、こちらはかなりジャズより。クレジットによると、祖父と父はガーシュウィンにピアノを習い、叔父はガーシュウィンの親友だったとか。ガーシュウィン本人が演奏したピアノロールというのをまだ聴いていないが、聴いてみたくなった。

山下洋輔(1986)
昨年聴いた生演奏に比べるとおとなしいけれど、それでも充分面白い。アルバムに入っている他の曲もバッハのチェロ組曲とかショパンのノクターンとか遊び心がいっぱいで、でも原曲に対する尊敬の気持ちはきちんと表現されていて、とても楽しい。自作のピアノクインテット2番はジャズというより寧ろ現代音楽として聴ける。ジャンル分けすること自体に意味がないのだというような作品。

レヴァイン+シカゴ響(1990)
ピアノは上手い、けれども、圧倒的にオーケストラの華やかな音色が勝ってる気がする。ピアノがオーケストラの伴奏をしているような、珍しい演奏。全体としては、いかにもアメリカらしい出来上がり。

パスカル・ロジェ+ウィーン放送響(2008)
洗練されていて、耳に心地よい仕上がり。ただこれがガーシュウィンらしい気はしない。ガーシュウィンがラヴェルに憧れて渡仏し、「管弦楽法を教えてほしい」と頼んだ時のラヴェルの返答「君は一流のガーシュウィンじゃないか、二流のラヴェルになることはない。」と書かれていたことがそのままあてはまるような。。。

2009年10月13日 (火)

ブラームス 交響曲第2番

来週聴きに行く、ジョナサン・ノット+バンベルク響のもう一つの演奏曲、交響曲第2番は、心弾む明るさがあり、作曲された時期がヴァイオリン協奏曲と近いので、この二つを組ませたプログラムは構えずに聴けると思う。(Violin Concertoはopus77、ちなみに78はViolin Sonata Nr.1雨の歌、79はピアノのための2つのラプソディ、80は大学祝典序曲、81は悲劇的序曲、82はピアノ協奏曲第2番とこの時期名曲が次々と書かれる。)

 Brahms Symphonie Nr.2 D-dur opus73

フルトヴェングラー+ウィーン・フィル(1945)
この演奏はクレジットによるとフルトヴェングラーが終戦を間際に控えてスイスへ亡命する前夜に行われた演奏会のライヴ録音とのことで、ウィーン・フィルが鞭打たれて軋みながら悲鳴をあげて突っ走るような演奏で、聴いているのが苦痛になる。スイスへ亡命する話で映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思い出した。

トスカニーニ+NBC管(1952)
録音状態が良いとは言えないが、野性的で野太い金管の音に驚くが、全体的にはロマンティックで優しくなおかつ雄大さもある。比較的早いテンポで快活な演奏。実際カーネギーホールで聴いたらどんな音だったのか想像しながら聴くと楽しい。

ベーム+ウィーン・フィル(1975)
普段聴いているのがこれ。派手さはないけれど、豊かな響きで心が和む演奏。ベームの指揮というとまずオペラが浮かぶように、オーケストラ全体が自然に歌っているように聴こえる。ブラームスはオペラを書いていないけれど、作品に占める歌曲の割合が高く、このあたりもウィーン・フィルやベームが得意にした要因の一つかもしれない。(もちろん、歴史的なつながりは大きいだろうけれど。)

カラヤン+ベルリン・フィル(1986)
楽器の華やかな鳴りは楽しめるけれど、意外なところで「あらっ」な部分もあり、細部を気にしなければ全体はスムーズに流れて映画音楽のように聴ける。(カラヤンとベルリン・フィルに辛口なのは、相性の問題かなぁ。)

ハイティンク+ボストン響(1990)
ゆったりとしたテンポで雄大なイメージ。ホルンのソロがきれいに響いて、ブラームスが滞在していたベルチャッハののどかな様子が浮かぶところは良いのだが、時としてあげる金管やコントラバスの野太い咆哮と高音になると弦楽器がヒステリックになるのが気になる。

マゼール+バイエルン放送交響楽団(1993)
マリアンネ・フォン・ヴァイツゼッカー基金設立記念コンサートのライヴ録音・録画DVD。前半はフランク・ペーター・ツィンマーマンのチャイコフスキー・ヴァイオリンコンチェルトで、ツィンマーマンの美音とオーケストラの安定した音が融和して、私がチャイコフスキーを苦手にしていても、Bravo!と拍手したくなる演奏。そして交響曲第2番。優美でありながらどこか開放的な明るさがあり、それがブラームスの2番という曲想にあっていた。こちらも、レヴェルの高い演奏だったが、ちょっと、若いツィンマーマンに持っていかれた感あり。

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