* 2/12 スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ 加筆
* * 3/15 ヴェンゲーロフ&マルコヴィチ、ムター&ワイセンベルク、ムター&オルキス 加筆
Brahms Sonaten für Violine und Klavier
4月アンネ・ゾフィ・ムターのブラームス ヴァイオリン・ソナタを聴きに行く。演奏はおそらく2番、1番、3番という順番で2007年のクレーメル&ツィメルマンのときと同じだと思われる。その演奏はそれまで私が思い描いていたツィメルマンと大違いで、優しくロマンティックであり、また情熱的でもあった。もっと優等生的な演奏をする人だと思っていたので驚いたが、それから3年が経った。少し早目だけれど少し予習しておこう。
Op.78 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.1 G-dur
有名なこの曲、ブラームス自身のOP.59-3「Regenlied」Op.59-4「Nachklang」のメロディを使っているのが「雨の歌」と呼ばれる所以らしいが、フィッシャー=ディスカウが歌う曲を聴くと少々陰鬱で歯がゆいような思いも感じる。歌詞の内容は雨に打たれて子供のころを思い出し、自然に対する畏敬の念と生命を感じるというような、神秘主義的内容。クララ・シューマンが好きだったというこの曲を使って書きあげた初めてのヴァイオリン・ソナタが完成するとブラームスはクララのもとに楽譜を送ったとのこと。私にはOp.59よりOp.78のほうが豊かな感情と官能性が感じられる。ピツィカートの音を聴くと演奏者が抱いている雨の様子が目に浮かんで楽しい。
Op.100 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.2 A-dur
ブラームスの作品の中では明るいのびやかな雰囲気がある曲。コンサートの一曲目にこの曲を持ってくるのもたぶんそういう理由じゃないかしら。またヴァイオリンにとっては演奏しやすい調性らしいから指ならしにもいいのかも。ヴァイオリンとピアノが交互に語りかけ相手の話に耳を傾け相槌を打つような穏やかな部分と第2楽章の心弾み歌いだしたくなるようなところから感情が揺れ動くところが最も好き。
Op.108 Brahms Sonaten für Violine und Klavier Nr.3 D-moll
この曲はいかにも唐突に始まる。突然降ってきた不幸に戸惑い苦しむかのような展開。この展開の仕方が奏者によって様々で面白い。比較的淡々と諦観を強く出す人もいれば、不幸に負けてはいられないとばかりに情熱的に歌い上げる人もあり、そこが聴きどころかな。
あと数枚(ムター&ワイセンベルク、スナイダー&ブロンフマン、シュナイダーハン&ゼーマン、ムローヴァ&アンデルシェフスキ)書き足す予定
Szymon Goldberg,Artur Balsam(1953年)
ベルリン・フィルのコンサート・マスターだったシモン・ゴールドベルクのモノラル録音。(ヴァイオリンの音がすぐ近くで聴こえるような感じだけれど、録音状態は良好。)
1番は鬱屈した仄暗い情熱というか少し押しつけがましさを感じさせる演奏。2番の演奏も明るい解放感よりも陰影を感じさせる。クレーメルとツィメルマン程ではないが、3番が全体的にかなり速い。
Yehudi Menuhin,Louis Kentner(1956,57年)
録音状態が良くないところがあって時々音に歪みがあるのが難だけれど、人柄というか徳の高さが顕れているよう。メニューインのヴィブラートが直接的に聴く者の心を震わせる。ブラームスを聴くというよりもメニューインを聴くといった趣。
* Wolfgang Schneiderhan,Carl Seemann (1957,1960年)
温かみのある演奏で、今日的なシャープさには欠けるが、こういった演奏は現代の演奏家には聴くことができないので、癒されたいときにはいいかもしれない。
Leonid Kogan, Andrey Muitnik (1959年)
コーガンは上手だし、大変な熱演なのだけれど、録音状態が芳しくなく音割れしている。
Henryk Szeryng, Artur Rubinstein (1960年)
ピアノが美しくて、聴き惚れる。この時ルービンシュタインは70歳を超えていたはずだけれど、実にすばらしい。ブラームスのヴァイオリン・ソナタはピアノが美しいと、美しくないと、その真価が分からないのだと実感。2番のなんと気持ちのよい歌いぶり。3番はヴァイオリンの沈潜した暗い響きや時に焦燥感の感じられるような濁った音が効果的に使われ、ピアノが容赦ないフォルティシモでドラマティックに盛り上げ、劇的展開具合はある意味尋常でない。好き嫌いが分かれそうだが、3番は必聴。
Pinchas Zukerman,Daniel Barenboim(1974年)
ズーカーマンのヴァイオリンの音は低音域が良く響いて、録音当時の年齢(30歳くらい?)にしては落ち着いているけれども、高音はのびのびとした素直さがある。このころのバレンボイムのピアノは今よりも瑞々しくて魅力的。
* * Anne-Sophie Mutter,Alexis Weissenberg (1982年)
ムターの情感のこもった豊麗な響きが遺憾なく活かされた演奏で、この時まだ10代の少女とは思えない完成度ですばらしい。ただあまりの天才少女ぶりにブラームスの内奥に押し込められた屈折した思いは感じられない。そういった意味では美しいメロディが奏でられる2番が最も溌剌とした彼女の個性が生きているように思う。
Itzhak Perlman, Vladimir Ashkenazy (1983年)
ヴァイオリンとピアノの名手どうしの演奏。パールマンの音には寛大、温和なところが足りないような気がして私の好みではないけれど、これもピアノの演奏がすばらしく凡庸な演奏ではないので聴く価値はあると思う。
Gidon Kremer,Valery Afanassiev(1987年)
クレーメルはブラームスのソナタをたぶんこれしか録音していないと思う。アファナシエフによくあることだが全体的にかなり遅い。
私が好きな2番をクレーメルは穏やかに優しく奏でていて、Allegro AmabileのAllegro は完全無視の超スローモーションでAmabile(愛らしく)だけだが不思議と嫌味に感じない。1番はサントリーホールでのツィメルマンとの演奏はロマンティックだったけれど(それはたぶんツィメルマンの演奏のせいだと思う)、ここでは多少傍若無人な部分も感じられ、ブラームスへのシニカルな解釈が感じられる。そして最もドラマティックで美しい演奏が3番だ。(やはりクレーメルの奏でる音楽が大好き。)「僕たちはそれぞれ離れて誇りを持って生きてきたね。最近不安を覚えることが多いのは君だけではないよ。過去を振り返ると苦しかったことや甘美な出来事が走馬灯のように思い出されてくる。これまでの出来事をすべて受け入れ、尚且つ残された人生のすべてをかけてこの情熱を君に捧げるよ。」という風に聴こえる。他は超スローだったテンポが3番の第4楽章Presto agitatoでは誰より速く、これについてはクレーメルのこだわりを感じる。
Pierre Amoyal,Pascal Rogé(1991年)
素直な演奏で聴きやすい。1番はロマンティックで瑞々しいところと神秘主義的なところとのバランスが良い。2番、3番はブラームスの魅力の一つ多彩なリズム感が生きていると思う。ピアノが全体の構成と質感を作り出していて出色。
* * Maxim Vengerov, Alexander Markovich (1991年)
ヴェンゲーロフはいつ聴いても美しい響きと自然な流れの歌に溢れている。ただ深い感情の襞に隠れている情熱が見えてこない。それはピアノの演奏のせいかもしれない。ブラームスのヴァイオリン・ソナタのピアノがたんなる伴奏に終わってしまうと曲の魅力が半分損なわれてしまう。
Pinchas Zukerman,Marc Neikrug (1992年)
ヴァイオリンの音は美しいが、ピアノは前録音のほうが良い。前回と大きく異なるところはなし。
Gerhart Hetzel,Hermut Deutsch(1992年)
ウィーン・フィル往年のコンサートマスター ゲルハルト・ヘッツェルとヘルムート・ドイチュとの鮮烈な演奏。
クレーメルとツィメルマンとの演奏会の直後に友人が当時廃盤になっていたCDを貸してくれたのだが、数日前の演奏(色で言うと、パステルで描かれた7色の虹の外側に紫外線や赤外線まで感じられた。)とのあまりの違いに驚いた。現在のライナーノーツには心温まる演奏とあるけれど、それはロマンティックな豊饒さよりも、真っ直ぐで嫌味がなく、謹厳実直な厳しさがあった。またどこかノスタルジーを感じさせ、青白磁の香炉のようで繊細なヴァイオリンの音の美しさはピカイチ。ヴァイオリンが気持ちよく歌っている2番はドイチュが歌曲の伴奏に長けているからだろう。実演を聴きたかったな。
Kyung-Wha Chung, Peter Frankl (1995年)
チョン・キョン・ファのイメージからするとかなり控えめな演奏で慈愛が感じられるのだけれど、地味ともいえる。それはピアノのせいもあると思う。ヴァイオリンもピアノもどちらもが禁欲的、女性的すぎるのかもしれない。
* Viktoria Mullova,Piotr Anderszewski (1997年)
ムローヴァは30代半ば、アンデルシェフスキが20代半ばのときの録音。ムローヴァは彼の今日の活躍を予見していたのだろうか。
他の演奏では思い出さなかったのに、この演奏を聴いているうちに、若くして死んでしまった友人のことを思い出した。典型的優等生で声高に自己主張することなく優しく温和、でも心の中では天使と悪魔が火花を散らして葛藤しているような人だった。私にとってはさらっと聴き流すことのできない演奏で、クララの訃報を聴いたブラームスが雨の歌を演奏しているうちに嗚咽してその場を走り去ったという逸話を思い出させた。
Maxim Vengerov,Lylia Zilberstein(2004年)OP.108 3番のみ
ルガーノ・フェスティヴァル ライヴ録音。
ヴェンゲーロフの音は好き。このところ聴けないのが残念。しかし、この演奏を聴くとヴェンゲーロフが演奏活動を辞めて(休止して)しまったのは、肩の故障のためだけではないのではと思わされる。艶やかな音は美しいし、テクニックもある、でも彼だけが表現できる情念世界はここには表れていないのではないかな。まだ30代の彼が豊かな人生経験を積んで演奏活動を再開する日を楽しみにしていよう。
* Nikolaj Znaider, Yefim Bronfman(2005年)
正統派の繊細さがあり尚且つ男性的な演奏。
3番のadagioはあまりの気持ちよさに眠くなってしまった。(貶してない。)諦観や焦燥感をみせて嘆くことなく、最後までいい人ブラームスが泰然と構えている。
* * Anne-Sophie Mutter, Lambert Orkis (2009年)
今年の4月に聴きに行く演奏会と同じ奏者、プログラムでの録音。前回の録音から27年が経ち、天才少女と呼ばれたムターは女王と呼ばれるようになった。予約したCDが届くのが待ち遠しかった。しかし正直こんなに感動するとは思わなかった。美音を鳴らしてムターらしさを演出せずとも様々な音色を使い分け陰影に富んだ演奏の中に自然体の芸術家が存在していた。
それまでの上手な演奏家だけれど同性として時として苛つくときもあって積極的に聴こうという気がしなかったのが、(その点ムローヴァのほうが好きだった。)メンデルスゾーンのコンチェルト(クルト・マズア)と室内楽(アンドレ・プレヴィン)を昨年TV放送されたものを聴いてからムターに興味を持つようになった。
4月のリサイタルが楽しみ。
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