10/7 グリュミオーとテツラフとラクリンを追記
10/13 クレーメル+カラヤンとオイストラフ+クレンペラーを追記
10/18 クレーメル+アーノンクール+ロイヤルコンセルトヘボウを追記
このところ体調不良で癒されたい(そういえば少し前にはロ短調に嵌っていたな)気持ちが強くて、桂米朝・枝雀の上方落語とモーツァルトを聴いていることが多くて、ブラームスの予習を怠っていたことに気付いた。
今月ジョナサン・ノット+バンベルク響+クリスティアン・テツラフのブラームスを聴きに行くのだった。ブラームスのヴァイオリン協奏曲はもともと好きな曲だけれど、一度にあれこれ聴き比べたことはなかったので、これを良い機会に改めて聴いてみた。
Brahms Violin Concerto
ハイフェッツ+フリッツ・ライナー+シカゴ響(1955)
これは1950年代の録音にしてはきれいだし、ハイフェッツの演奏が技巧に走ったものではなく楽器が存分に鳴り、歌い、意外にもカデンツァ以外はスタンダードなブラームスを聴かせてくれる。せっかくハイフェッツを聴いているのにある意味そこが面白くないと言えるかもしれないが。スピード感があって私は好きな演奏の一つ。
コーガン+コンドラシン+フィルハーモニア管(1959)
音色は豊かでオーケストラもロシアのオーケストラかと思うような大仰さをもっていてヴァイオリンとのバランスも悪くない。重音の響かせ方や第3楽章のリズム感など面白みに欠ける。
オイストラフ+クレンペラー+フランス国立放送局管(1960)
悪くなかったような気がするのだが、眠くなってしまった。全体的には美しい音色なのだが、高音の速いパッセージは音の輪郭がぼやけるのと音程が不安定になるのが気になる。もっと若い時の演奏を聴かないと公平じゃないのかもしれない。
オイストラフ+コンドラシン+モスクワ・フィル(1963)
巨匠らしい泰然とした艶やかな演奏なのだが、時々音が外れるのが気になるのと、第3楽章のリズム感が重く感じられる。
グリュミオー+コリン・デイヴィス+ニュー・フィルハーモニア管(1971)
一つ一つの音を慈しむかのような演奏で、まるで母や祖母から受け継いだ宝石箱を覗き込んでいるような気持ちにさせられる。ブラームスの音楽のそしてヴァイオリンという楽器の美しい部分を表現するとこうなるのだというお手本。オーケストラは表に出て主張することなくあくまでグリュミオーを引き立てている。カデンツァはヨアヒム作をほとんど変えずそのまま弾いていると解説されているが、こんな美しいカデンツァを聴いたことがない。
クレーメル+カラヤン+ベルリン・フィル(1976)
クレーメルらしくたいへん繊細な響きの高音で、オイストラフの高音部分とは音程が異なるのではないかと思う。カデンツァはクライスラーのもの。ベルリン・フィルのキラキラと輝くような音色との相性は悪くない。1、2楽章のリズム感とテンポはカラヤン色が強いように思うが、3楽章はクレーメルがオーケストラを牽引していこうとして、思わず音を外すところもあって逆に楽しくなってしまった。
スターン+メータ+ニューヨークフィル(1978)
アイザック・スターンもズビン・メータも嫌いではない。でもこの演奏には色気がなさすぎる気がする。ブラームスの曲はテンポを揺らして演奏されることが多いが、テンポを揺らした時に音程が上ずってしまうと興ざめしてしまう。スターンは若い時はもっとカッチとした演奏をしていたように思う。ヴァイオリンという楽器は本当に難しいのだと思う。自分が弾けないのでその難しさがどんなものかが理解できないのが残念だけれど。
ムター+カラヤン+ベルリン・フィル(1981)
ムター17、8歳の演奏。精巧なテクニックはもちろんだけれども、豊かな情感と鋭利な突っ込みとの鮮やかな切り替えは老獪ささえ感じさせる。五嶋みどりがヴァイオリンの音を聴くと男女の区別もおおよその年齢も生まれ育った文化圏まで分かると書いていたが、私にはそこまではわからない。でもこの演奏は女であることを主張しているように思う。カラヤンがあまり得意でない私にはオーケストラ、特に弦楽器がヒステリックに聴こえるが、好き嫌いを超えてムターの演奏にはとにかく舌を巻く。
クレーメル+バーンスタイン+ウィーン・フィル(1982)
一般的でないとは思うけれど、この演奏が私にとってのベスト。曲者どうしの組み合わせがたまらないのだ。基本的にクレーメルの奏でる音が好きなことに加えて、マックス・レーガーのフーガをカデンツァにしているのがクレーメルらしい。ヴァイオリン・コンチェルトの場合、オーケストラには大勢のヴァイオリン奏者がいてその代表であるコンサートマスターとソリストはいわばライヴァルなわけで、ヘッツェルとクレーメルとの駆け引きが(もちろんバーンスタインが仕掛けている)引き締まった演奏にしていると思われる。また、オーボエとチェロの音が柔らかく美しいのも気に入っているところ。
ジュシュア・ベル+ドホナーニ+クリーヴランド管(1994)
ベルの演奏は奇をてらったところがなく、淀みなく美しいメロディを奏でていく。ベルが若いせいか、屈折していない、清々しい演奏でユダヤ人らしくなく男臭さがない、ロマンティックなブラームスである。カデンツァはベルのオリジナルで面白い。
竹澤恭子+コリン・デイヴィス+バイエルン放送響(1995)
全体のテンポ設定が遅く、重々しいオーケストラはドイツらしい。竹澤のヴァイオリンも重厚な音色で奏でられる。たいへん気真面目な演奏のため少し息苦しい。今回聴いたカデンツァでヨアヒムのものの中では最も個性的でかつ美しい。(グリュミオーを聴いてしまったので、一番の座を譲ってしまった。)
クレーメル+アーノンクール+コンセルト・ヘボウ(1996)
自然に溶け込んでいるカデンツァはエネスコ作。全体的に室内楽のような雰囲気の仕上がり。このCDは、クレメンス・ハーゲンとのドッペル、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調のほうが聴き逃せない。ヴァイオリン協奏曲よりもさらに室内楽的性格の強いこの曲が大変美しい。アーノンクールの妻との思い出が語られるまでもなく、本来この曲が生まれるきっかけになったブラームスとヨアヒムとの和解が、ヴァイオリンとチェロ、オーケストラとの対話に感じられる。
ヒラリー・ハーン+マリナー+アカデミー室内管(2001)
21歳と若いハーンが美音を響かせ、きっちりと音程を崩さずに、スケールの大きな演奏を聴かせてくれる。真面目なせいか少し面白みに欠ける。
テツラフ+ダウスゴー+デンマーク国立響(2006)
演奏は情熱的だが、音が硬いに膨らみが足りないのは、使用している楽器がモダン楽器だということもあるかもしれないが、弓がカーボンのせいではないかと思う。彼がカーボン弓を使うのは、普通の弓だと切れてしまうからだと聞いたが、この楽器で独自の境地を切り開いていくのを楽しみにしたいと思う。
この演奏にカップリングされているのがヨアヒム・ヴァイオリン協奏曲第2番。はじめて聴く曲なのになぜか親しみを感じるのは、ベートーヴェンやブラームスのカデンツァで聴いている節回しが同じだからか?
ラクリン+マリス・ヤンソンス+コンセルト・ヘボウ(2008)
昨年NHK音楽祭の時の録画。
ジュリアン・ラクリンの音は陰影が濃くて特に低音は深く豊かに響く。ジョシュア・ベルとは対照的に大胆で男臭い演奏。オーケストラが艶やかな音を奏でていることで、そのことが強調される。オーボエ奏者とラクリンは友達だそうだが、このオーボエがたいへん目立つ。今年6月亡くなった黒田恭一さんがラクリンの演奏を聴いて「若き巨匠」と言っていた。合掌。
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ぜひ聴いてみたいのはグリュミオー+コリン・デイヴィス+ニュー・フィルハーモニア管。
これを聴いたら、これがベストになるのではないかという気もしているくらい、グリュミオーは大好きなヴァイオリニストで、モーツァルトやバッハ、ベートーヴェンその他の小品集は持っているのにブラームスのコンチェルトは聴いたことがない。この人の音の美しさはこの世のものではないようで別格。生の演奏を聴けなかったことが非常に残念な人。
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そうだやっぱりグリュミオーとテツラフは聴かなくては。ついでにクレーメルがアーノンクールと組んだのと、オイストラフは録音が数多いからもう1枚くらい聴いておこうかな。
ということで、少しずつ書き足していくつもり。
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