文化・芸術

東京国立博物館 皇室の名宝 1期

前回ざっと様子を見てきたので、10/27シンシナティ交響楽団7時からのコンサートの前に、早めに上野に着き、午後3時30分過ぎに館内に入る。週末の午前中ほどではないが人が多い。平日は5時で閉館になるので、4時30分過ぎてから、永徳や若沖の所にもどると、ゆっくりと観ることができた。人影がなくなるとさきほどとは打って変わって俄然絵画が輝いて見える。やはり美術品はそれが置かれる環境が大切で、ふさわしい場所と雰囲気を得てその真価を表わすように思う。現在の博物館・美術館が持つ役割からすれば仕方がないのかもしれないが、もっと静かに作品のもつ魅力を堪能したいものだ。国立博物館でも西洋美術館、近代美術館でも常設展はゆっくり落ち着いて静かに観ることができる。

とここまで書いて、後書きたいことがたくさんあったのに、ちょっと萎えていた。でも、皇室の名宝展で検索してたどり着く人が多いようなので、半端だけれど、一応アップ。

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皇室の名宝  日本美の華 1期

先週土曜日の午前中に東京国立博物館で開催中の皇室の名宝展へ行ってきた。心配したほどは混雑していなかったが、前半伊藤若冲のところはたいへん混雑していた。

「唐獅子図屏風」があんな巨大だったとは知らなかった。右側は狩野永徳筆、豪快な筆致で迫力満点。左側は孫の常信筆で洒脱なもの。本来どんな広い部屋に置かれたものなのだろうか。

若冲のものはどれも細密画風でありながら、装飾としてデザインされており、その対象物の組み合わせも、色づかいも独特で鮮やか。平成11年から6年かけて解体修理されたと解説されているが、修理する前の色はどのくらい退色していたのか、いなかったのか、それも参考資料として写真などがあれば尚良かったと思う。金毘羅宮奥書院障壁画は傷んではいたが、それでもなお色鮮やかで細部まで書き込んだ花々が生き生きとしていて驚いたことを思い出す。
今展覧会は、やはり伊藤若冲が一番人気だったようで、常に後列からみたので、絵の下にあったタイトルにほとんど最後まで気付かなかった。

円山応挙の「旭日猛虎図」はやはり金毘羅宮でみた虎同様大きな猫そのものだった。虎でいうと谷文晁のものは水に映っている顔が、タイガーマスクのようにみえてちょっと笑ってしまった。

酒井抱一の花鳥十二カ月図は抱一らしい繊細でいかにも日本画らしい端正な美しさが際立っている。こんな軸が我が家にもほしいな。無理だけど。

葛飾北斎「西瓜図」は飄々とした画題の選び方がユニークで面白く、一度見たら忘れられない。剥いた皮をつるして干してあり、ああいった剥き方をするには、半割にした西瓜の果肉だけを掬いだしたのだろうと思うが、紅白並べてあるところがまたなんとも不思議で。

これらのほかにも、素晴らしいものはたくさんあったのだけれど、何といっても疲れてしまって、少々駆け足で通り過ぎたのだが、あまりにびっくりしすぎて、しかも誰も足を止めていなかったのでゆっくり鑑賞できたのが、濤川惣助作 七宝月夜森林図額 七宝と書かれていなかったら、艶やかで現代的な墨絵かと思ってしまうところだった。どうしてこんな大きくて平滑なしかも墨の擦れや滲みのようなものまでが描けたのだろうか。触れないのは承知の上で、つい触れてみたくなった。(もちろん触れてない。)

川合玉堂の描いた「雨後」も煙る靄が美しく情趣豊かで目を引く。

昭和の作になると鏑木清方「讃春」は美しいだけでなく、二双の特に左隻、隅田川の船上生活者の親子が描かれたものが目を引く。さらに右隻には皇居前広場でくつろぐ上流家庭の女学生が対比されることで、さらに船上生活者が強調される大胆さ。この前も空いていて離れたところからゆっくりみられてよかった。

上村松園「雪月花」。松園らしい上品で華やかな作品。これが鏑木「讃春」と並んでいるところがまたちょっと皮肉で楽しい。

動植綵絵は一つ一つゆっくり感想を書きたいのだけれど、もっとじっくり見る機会があった時にまわそうかな。

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皇室の名宝―日本美の華

ずーっと観たかった伊藤若冲の「動植綵絵」全30幅がみられる展覧会が、もうすぐ始まる。前売りセット券(前期・後期で全作品入れ替え)をチケットショップで購入。いつ行こうかなぁ。休日は混雑しているに違いないが、家人を置いて一人で先に観に行ったら機嫌を損ねるだろうな。でも一期は10/6~11/3.二期は11/12~11/29と開催期間が短い。

今度こそ、双眼鏡持っていかなくては!

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ヤン・ファーブル 「寛容のオルギア」

2009年6月26日19:30開演 
於:彩の国さいたま芸術劇場 大ホールP10106321

公演が終わり、ポスト・パフォーマンスでヤン・ファーブルの話を聞きながら正直なところ頭が痛かった。明確なメッセージをもって創作された演劇(ダンス)であることは分かるが、その過激な表現に慣れていないので、ひどく疲れた。

ベルギーに於ける極右勢力の台頭は目に余るものらしく(しかし、それはヨーロッパだけでなく世界中にある政治的横暴ともいえる)、何でもOKと寛容されることで、人道的に優れた事だけでなく、非人道的なことまでもが世の中に蔓延している。人間としてあることの根本である肉体(生及び性)が消費経済の中で商品として扱われる。宗教のイコンであるキリストがファッションとして扱われる。

宗教、人種、政治それらの矛盾の中で我々はどこへ向かうべきなのか。

出演者たちのまさに体を張った演技には驚きを覚えた。

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幸せなことに、写真のポスターにある7公演のうち4公演を観たり聴いたりした。引っ越してきて一番良かったことが、これかなぁ。

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国立新美術館 ルネ・ラリック展

森美術館でゆっくり時間を過ごしたために、ここでの時間が少し足りなくなってしまったのと、近距離用双眼鏡とかルーペを持参すればよかった。

ルネ・ラリック展は1988年に庭園美術館で見たことがあったが、今回の展示はもっと大規模で作品数は膨大な上に質も高い。特にアール・ヌーヴォ時代の宝飾品の数々は何度溜め息がでたことか。今回一通りどんなものがあるかは覚えてきたし、カタログを購入したので、よく目を通してから再度観に行こうと思う。

六本木ヒルズから国立新美術館まではそう遠くはないのだが、六本木通りを渡るのに地下道にはいらなくてはならないのと、その後の道路が細くてくねくね曲がっていて少々分かりずらい。正門から入らなくてもよければ、乃木坂駅から直通で行ったほうがわかりやすい。六本木界隈には他にサントリー美術館が東京ミッドタウンにあり、国立新美術館からサントリー美術館は正門を出て直進し、外苑東通りを渡るとすぐ。

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万華鏡の視覚:ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクション

トリフォニーホールに行く前に六本木の森美術館で現代美術(インスタレーション)と国立新美術館で「ルネ・ラリック展」を見てきた。

森美術館:「万華鏡の視覚」 ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクションより
入り口で作品解説の再生機器を無料で貸してくれるのは、日本語(私用)のものと英語(姪用)のものがあって大変うれしかった。

ポスターにも使われたカールステン・フラーの「Y」は文字通り平面がY字の電飾された通路を歩く姿を鏡を通してみることで、虚像が永遠に連続する空間を体験するもの。ちょっと見世物小屋のようなキッチュな作品で、展覧会の掴みとしてはOKかな。

イエッペ・ハイン「Reflecting Object」と床の縞模様(ジム・ランビー「Zobop Gold」)は深い意味を考えずとも単純に面白い。だまし絵的でもあり、金属球がゆっくりと転がる軌跡を遠くから眺めるというよりはむしろ積極的に物体と自分との関わりを感じる喜びがある。

その隣の部屋でたくさんのミラーボールが輝いているのは、ジョン・M・アームレーダー「Global Domes XII」床や壁、天井に映し出される白い光の流れは、華やかといよりは光の渦のブリザードの中にいるようで孤独をも感じる、幻惑空間。

ジャネット・カーディフ「To Touch」は暗い部屋の中央にぼんやりと浮かび上がる、使い古されたダイニングテーブル。部屋の壁には多くのスピーカーは設置されて、テーブルに触れることで、各スピーカーからメッセージを聞くことになる。まるで暗がりにいる自分の周囲にいる見えない人々からの囁きを聞かされるような感じ。その隣には同じ作者の「Newspapaer Poem」。こちらはもっと直接的に政治的メッセージを伝えてくる。蓋つきの同じ大きさの木のフレームが等間隔で壁に並べられ、その中には新聞の切抜き(見出し)がスクラップされている。スクラップされる記事の種類によってpoemの内容は変わるが、並べ方によって韻律が決まってくる。ありふれた手法のようでありながらも意外性もある。万人に受け入れやすい作品か。

オラファー・エリアソン「Your Welcome reflected」空間に浮かんでいるのは単なるアクリルの円盤。そこに当てられる光のフィルターと向きが変化することで、1つのものに対する様々な色の影が変化し移ろっていく。たった一つの事象もかけるめがねの色や見方で変化するのだという風に捉えることも出来るが、もっと客観的に変化していく色や場所の動きそのものを楽しめるかどうか。

一方強烈な形態と質感でジェンダー問題を暴き出すのが、サラ・ルーカス「Bunny Gets Snookered #3」オフィス用の椅子にカラーストッキングで作られたウサギというよりは昆虫のような怪しげな生物らしきものが足を投げ出して頽れている。暴力的退廃とでもいうか、目を背けたくなるような雰囲気。

私が最も美しいと感じたのはマシュー・リッチー「The Family Farm」。一見したところでは明瞭な色使いで牧歌的風景画が描かれているようだが、そこは空港建設のために立ち退かねばならなかったの家族経営の農地。しかし、その土地でさえも、元を質せば、ある時期に外からやってきた人間が開墾した場所。ここにはそこはかとない悲しみと皮肉があるのに、なぜか安らぎも存在する。それは過去の思い出としてだけでなく、現在形として存在している。

スゥ・ドーホー「Gate」。これは日本人の私の目から見ると、盆提燈のようにみえて面白い。宙に浮かぶ半透明の韓国伝統的様式の門。まるで建造物の幽霊だ。

あらゆる毒に侵された社会を風刺していて怖いのが、クラウス・ウェーバー「Public Foutain LSD Hall」.美しいクリスタルガラスで作られた噴水からはLSDが溶け込んだ水が流れ、その周りには柵が設けられる。近くにあるベンチはホームレスが寝転ばないように真ん中に仕切りがある。ぶどう棚のように作られた植物はよく見ると食虫植物だ。こんな社会、実はすぐ身近にあるのだ。

破壊の決定的瞬間に時間を止めたような作品はロス・カルピンテロス「Frio Estudio del desaster」。一目見てわかりやすいとは思うけど、この破壊に対する感情はどこにあるのかな。

これ以外にも作品はたくさんあって、解説も十分あり、ゆっくり時間をとってみたい展覧会だった。

午前中は雨降りだったが、午後からは晴れ間もさして、展望ロビーからの眺めもまあまあ。六本木に初めて来た姪は東京タワーをバックに記念撮影。

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公演各種 リサイタル、薪能、など

先週は19日がポリーニ・リサイタル、22日がツィメルマン・リサイタル、23日が薪能鑑賞で、母が1週間滞在していたので何かと忙しかった。

ツィメルマン・リサイタルの感想は現在まとめている最中。

薪能は、「羽衣」(なんか途中端折っていたような・・・)1曲だけで雷雨のため中止。ひどい。全部とは言わないが、返金して欲しい。2002年千駄ヶ谷での薪能は(国立競技場ではイタリア代表チームとアントラーズが練習試合をしていた)雨が降っている中でも最後まで舞い続け、後からお詫び状と次の定期公演のチケットを送ってきてくれたけど。。。

そんな中、世界バレエフェスティバルのチケットが送られてきた。「高い!」と文句を言う家人に「良い席でしょ?」と無理やり同意を求める。ついでに11月のクレメラータ・バルティカとイグデスマン&ジュー(二人ともメニューイン・スクール出身とのことで、もちろん単なるお笑いではない。だからこそ、クレーメルが目をつけたのだろうけど。)の『BEING GIDON KREMER』のチケットも確保。笑いと映画音楽でクレーメルの半生をたどる、とあるが、CD『LE CINEMA』からだけでなく、だれでも親しみやすく且つ優れた映画音楽を演奏してくれるのだろうと期待。これまで散々TV、ビデオ、DVD、CDなどではその演奏を聴かされている家人が初めてクレーメルの生の音に接するにはちょうど良い企画かと。クレーメルのことを猪熊虎五郎と呼び(私はその人を知らないのでなんとも言いようがないが・・・)、親しみを感じている様子(?)だが、実際にその音楽に接したときの感動を共有できたらと思う。ロックやジャズのライヴも編集済みの録音や録画とは当然異なるけれど、これらは単純に音に関して言うと編集されたものの方が聴きやすいことが多い。ところが優れたクラシック系の音楽の場合、特にクレーメル級になると生の音の迫力と繊細さは格別。ジャン・リュック・ポンティ(家人が好き)とはテクニックも表現世界も全く違う!!驚くに違いないと踏んでいる。

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興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展

少し前になるが、5/1 東京国立博物館 平成館に出かけた。噂ではイマイチとのことだったが・・・

興福寺へは17年前だったか行ったことがあり、うちの家族3人以外は周囲に誰もいない暗い館内で阿修羅を観ている。「教科書やパンフレットでおなじみの阿修羅がこれか、意外と小さいな。」と思った覚えがある。今回は360度周囲を廻りながら見られるのだが、後ろから見てもあまり感動はなく、やはり正面性を強く感じる。細い腕が伸びる様は確かに異形で艶かしくはあるが、均等に照明で照らされるとあのうす暗さの中で見たとき程の不気味な邪気は感じられない。また、周囲に大きさを比較できる人間がいるのでさほど小さくもなかった。

八部衆や十大弟子は観たことのあるものもあれば、記憶にないものもあった。どれも製作が阿修羅と同じ天平6年となっている。よく残ったものだ。造形的には八部衆のほうが面白いものが多い。

四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)や釈迦如来像頭部(運慶作)、薬王菩薩、薬上菩薩等鎌倉時代のものは、大きく迫力があるが、この時代のものは他にもいくつも見ているため、見慣れた感覚はある。

その他、和同開珎や金・銀製品、水晶、琥珀など当時の貴重品が国宝なのは分かるが、その方面には疎く面白みが感じられない。

こちらも久しぶりに常設展を廻ってきた。

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カザルスホール

今年の2月に日本大学から2010年3月でカザルスホールを閉鎖すると発表されたが、現在のところお別れ公演ともいうべき3/29「ハギモトハルヒコ夢コンサート’10」が企画されているとのこと。小澤征爾、今井信子、堀米ゆず子らが参加予定。(「音楽の友」2009年5月号より)

日本大学の再開発プランがいかなるものかわからないが、ぜひともこの建物を(せめてホールは)残す方向で考えて欲しいものだ。大学だけで出来ないなら、公共団体や企業を巻き込んでも知恵を出し合い、性急に安易な答えを出さないで欲しい。

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ルーブル美術館展-17世紀のヨーロッパ絵画

昨日4月26日上野の国立西洋美術館で開催中のルーブル美術館展に行って来た。地味だったが、いくつか印象に残ったものを。

アブラハム・ミニョン ジョウビタキの巣
  この細密画的で妙にエロティックなのに御伽噺風な絵は17世紀のものとは思えない。

ヨハネス・フェルメール レースを編む女
  今回の目玉作品で、ものすごい人だかりがしていてじっくりみられなかったが、私にはあまりぴんとこなかった。印象としてはある絵の一部を切り取ったものというところ。小さいからだけではなく、絵画自体がもつ物語性を感じられなかったせいかもしれない。

ディエゴ・ベラスケスとその工房 王女マルガリータの肖像
  マルガリータの肖像画はプラド美術館でみた「ラス・メニーナス」をはじめ来日した作品を何点か見たことがあるが、これはベラスケス工房には違いないだろうが、さほどの力作とは思えなかった。

ルドルフ・バクハイセン アムステルダム港
  この画家の名を初めて目にしたが、かなり大きなこの絵はよかった。おそらく17世紀当時のオランダの空気をよく表現しているだろうと思うし、画面構成が落ち着いているのに退屈でない、今回の展示の白眉だと思った。

ペーテル・パウル・ルーベンス ユノに欺かれるイクシオン
  ルーベンスらしいタッチと構成で安心してみられる。Ⅱ.旅行と「科学革命」にあったルーベンスの絵は私のイメージするルーベンスとは異なり落ち着かなかった。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 大工ヨセフ
  昨年のフェルメール展でもみたので、驚きはなかったが、劇的な構成と光の扱いが美しい。

この他にもレンブラントやヤン・ブリューゲルもあったのだが、いまいちな感を拭えず、久しぶりに常設展を見てきた。こちらのほうが空いていてゆっくり見られる上に質が高く充実していた。

展示品は私がみたことのあるおなじみのものもあれば、初めて見るものもあった。

もっとも驚いたのがミレー 春(ダフニスとクロエ)
バルビゾン派の暗い色調とは異なり、明るく爽やかな色彩、軽いタッチで描かれた淡い恋の芽生え。松方コレクションだから昔からあったはずだが、こんな絵があったとは気付かなかった。

それに次ぐ発見がジョルジュ・ラ・トゥール 聖トマス
この暗く沈潜していながらも強い情念を感じさせる明暗と構成、リアルな描写はすばらしい。

人ごみの中を歩いて疲れてしまったので、こんど常設展だけゆっくり観に行こう。

帰り際、若い女性グループが前庭にあるロダンの彫刻を見ながら近づいてきて「これ、カレーの市民でしょ!あっ、当たってた!!」美術の教科書に載っていても、多くの人は見過ごしているか忘れている中にあって、ほほえましい光景を目にした。うちの子供はきっと知らないな・・・

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所沢市民文化センター ミューズ

クリスティアン・ツィメルマン(この人の名前を日本語表記するときはいつも悩む。所沢市民文化センターでも武蔵野市民文化会館でもさいたま芸術劇場でもクリスチャン・ツィメルマンとの表記でジャパン・アーツに倣っている。)のピアノ・リサイタル チケット発売はメンバーズが既に始まっていて、一般は3/11から。ツアーの最終日で、クレーメルとのデュオのときも所沢での最終日のパフォーマンスが一番良かったらしいので(うちから所沢は気分的に遠くて、)まだ迷っている。ここでのチケット(S席7,000円)は武蔵野市民文化会館(S席6,000円昨年11月予約開始したので年内には売り切れ)についで安い。

ここの公演をながめていたら、ツィメルマン・リサイタルの直前6/14はマルティン・シュタットフェルトで既にチケットは発売中。S席2,500円 安い。他の会場はないのかと思ったら、すみだトリフォニーホールでS席5,000円でこちらも発売中。どちらの会場も演奏曲目は平均律クラヴィーア曲集第1巻。杜のホールはしもとではゴルトベルク変奏曲で3,500円、こちらも発売中。

主催者がどこかでチケット料金に差が生まれる。安くて良い演奏が聴けるなら、多少遠くても出かけたくなる。もちろんホールと演奏と自分自身との相性も大事。

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彩の国さいたま芸術劇場

 ナチョ・ドゥアトの公演のときに初めて行った、彩の国さいたま芸術劇場、これが意外に(香山先生ごめんなさい)良かったのでメンバー登録しようかどうか迷っていたのだが、クリスティアン・ツィメルマンの演奏会があるので大袈裟だが意を決して登録することにした。メンバー料金だと1割引だし。しかし、登録に少し時間がかかって、e+でプレオーダーしたチケットが先に手配が済んでしまったので、今回は間に合わなかったが・・・

 登録が済みコンサートカレンダーが送られてきた。これをみると魅力的な企画がたくさん。

4/25(土) 福井敬 テノール・リサイタル

5/22(金) クリスティアン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

7/18(土) バッハ・コレギウム・ジャパン 
    ヘンデル没後250年記念特別プログラム

10/3(土) 小山実稚恵 ピアノ・リサイタル

10/24(土) 村治香織 ギター・リサイタル

12/5(土) レ・ヴァン・フランセ
      エマニュエル・パユ(fl.)
      フランソワ・ルルー(ob.)
      ポール・メイエ(cl.)
      ---この場合彼を一番に書くべきではないかと思うが
        パンフレットどおり  
      ラドヴァン・ヴラトコヴィチ(hr.)
      ジルベール・オダン(fg.)
      エリック・ルサージュ(pf.)

3/20(土) 小菅優の現在 Vol.1 トリオ

★ピアノ・エトワール・シリーズ

Vol.9 6/28(日) アレクサンダー・ガヴリリュク

Vol.10 9/5(土) 三浦友理恵

Vol.11 11/28(土) 福間洸太郎

Vol.12 2/20(土) フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ

 なんて豪華なピアニストたち!!
 弦楽器奏者もこれくらい豪華なメンバーを呼んでくれたなら。

 この建物の設計は香山壽夫。私が学生のとき設計製図を教わった小林さんや竹山さんは当時まだ香山研究室の博士課程に在籍中だった。と、いうことで香山先生と敬称がついてしまう。
 その香山先生が設計したこの建物、実は建築学会賞、村野藤吾賞、BCS賞を獲得していて、多くの権威に認められたものなのだが、そんな受賞作の割には地味で、こじんまり感がある。しかしそのこじんまり感が暖かい優しい気持ちにさせてくれるのも事実。立地が埼京線の与野本町駅から徒歩7分と、東京方面からだと少し遠いのが難だが、都会の劇場にはない陽だまりの暖かさがある。

 地方都市ならではの劇場建築ですぐに思いつくのは、磯崎新の水戸芸術館。こちらは、陽だまりの暖かさというよりは、歴史ある町を強く意識し、日本から一気にイタリアの都市国家、それも中世から未来へとトリップしたような気にさせられるものだが。
 スター建築家の起用で有名になったが、実は建物よりも初代館長に吉田秀和を迎え、小沢征爾を冠して水戸室内管弦楽団を運営するその企画・運営力によって、地域の活性化を図ったのだ。
 水戸に比べたらずっと規模が大きいさいたま市。現在、蜷川幸雄芸術監督が奮闘中だが、この後もますます魅力ある企画・運営に期待したい。

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本来この劇場の中核をなすのが演劇だと思うので演劇とダンスについても少し予定を。

演劇

3/44/19 音楽劇「ムサシ」チケット売り切れ

3/15   源氏語り五十四帖 第48回「宿木2」

3/1829 さいたまゴールド・シアター
         「
95kg97kgのあいだ」

ダンス
3/7
8  videodance2009

 ローザス「ファーズ」

 アクラム・カーン
         +シディ・ラルビ・シェルカイウ
          「ゼロ度」

インバル・ピント・カンパニー「ヒュドラ」

サシャ・ヴァルツ&ゲスツ「ケルパー」

ヤン・ファーブル「わたしは血」

イリ・キリアン「ブラックバード」

5/2324 コンドルズ

6/2628 ヤン・ファーブル「寛容のアルギア」

89月  バレエ・リュス展

9/1113 dancetoday2009 トリプル・ビル

     unit-Cyantrio~シアンの告白より抜粋」

     廣田あつ子×中村恩恵
           「
le droit de rever 夢見る権利」

     C/Ompany「イキ、シ、タイ」

11/2729 ローザス「ツァイトゥング Zeitung

2/6,7   池田+プラテル+ヴォルドング
           「ナイン・フィンガー 
Nine Finger

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ミラノ・スカラ座 来日公演

NBSでスカラ座公演の日程と入場料が発表になった。

「アイーダ」
  指揮:ダニエル・バレンボイム
  NHKホール
  9/4 6 9 11
S=67,000 A=59,000 B=51,000 C=42,000 D=33,000 E=22,000 F=15,000
エコノミー席=10,000 学生席=8,000

「ドン・カルロ」
 指揮:ダニエレ・ガッティ
 東京文化会館
 9/8 12 13 15 17
S=59,000 A=52,000 B=45,000 C=37,000 D=29,000 E=19,000 F=13,000
エコノミー席=10,000 学生席=8,000

ということで、相変わらず高額。
ドレスデン国立歌劇場のときは、親孝行だと思ってチケット取ったのだが、今回どうしよう。たぶん買ってしまうだろうとは思うものの・・・来年は英国ロイヤル、貯金しなくては。

ところで、明日は「コルプの世界」。明後日は「ミハイロフスキー・ガラ」。
2月は忙しくて、ギエム+東京バレエ団「ベジャール・ガラ」。新国立劇場「ライモンダ」。ハンブルグ・バレエ団「人魚姫」。上原彩子リサイタル。とハードスケジュールなので、はやく体調を万全に戻したい。

5,6月はクリスティアン・ツィメルマンとマウリツィオ・ポリーニのリサイタル。一部はすでに購入済みだが、なかなかチケットの発売時期が発表にならないのが、ツィメルマンの壬生中央公民館と所沢市民文化センター。そして両名ともプログラムの内容は未発表。A,Bプログラムとしか発表されていない。
サントリーホールで5/18にツィメルマン、5/19にポリーニと続くが、もしかして18日のツィメルマンの演奏をポリーニは聴くのかしら?逆はありそう。5/15もしくは19日のポリーニの演奏会にツィメルマンは現れる?

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アンドリュー・ワイエス の 死

昨日2009年1月17日 日本では阪神淡路大震災から15年目の日にアンドリュー・ワイエス氏が亡くなった。91歳。
すばらしい作品群を残してくれてありがとう。

先日展覧会を見てきただけに一抹の寂しさを感じる。今後、国内を巡回する展覧会が回顧展となることに。

先日姪が初めて描いた石膏像の木炭デッサンをみた。初心者にしては上手だったが、それを見た義母が「才能があるのねぇ。」と褒めた。思わず「こういうデッサンは、才能ではなく、訓練で上達するものです。」と言ってしまったが、美術に興味がない義母に言ったところで意味のない言葉だったが、姪には聞いて欲しい言葉だった。本当のところはもちろん如何ともしがたい才能の差はあるのだが、物を見る目を養うための訓練なので、木炭であろうと鉛筆であろうと、しっかりと訓練して欲しい。そのためには先人の残してくれた優れた作品を見ることが欠かせない。技法は真似することができるから。「全体を捉え、細部を見る。また全体を見る。」こういったプロセスは美術だけではなく、ものの考え方全般に通じることだろう。頑張れ!!

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アンドリュー・ワイエス展

アンドリュー・ワイエスという画家を初めて知ったのが、高校の英語の教科書だったという人は多いだろう。(私もその一人で、英語の授業は退屈だったが、教科書は現代アメリカを知るきっかけになり、興味深いものだった。)「クリスティーナの世界」は教科書初めの1ページにカラー写真があり、教科書にしては妙に艶かしいその後姿が強烈な印象を残した。テキストの内容よりもそこに出てきた"ruts"轍という単語が脳裏に刻まれたため、私は長らくこの絵のタイトルを「轍」だと思っていた。
その後ヘルガ・シリーズが発表され、それまでの精神的に不健康なワイエス像が生き生きとした姿で蘇った気がした。日本国内でこれまで何度か催されたワイエス展には足を運ぶ機会がなかったが、今回、bunkamuraザ・ミュージアムに行ってみて、思った以上に刺激を受けた。

デッサンがしっかりした人だとは思っていたが、一つの作品を仕上げるまでにこれほど多くの習作を重ね、構図とディテールを構築しているのは驚きだった。作品を仕上げるまでの試行錯誤の過程、またその過程を几帳面に残しておくところはものをデザインする作業そのものだ。

鉛筆デッサンは大胆で力強いタッチで描かれ、初期のものよりも中期以降線に勢いがある。《火打石》習作、《私の姉》この大きさでこの密度の鉛筆画の完成度の高さには敬意を表したい。水彩画での習作の多くも思い付きを短時間で描いているために、そのときの興味がそのまま現れていて面白い。

同じ地下1階にある書店で、「クレーメル青春譜」「踊る男たち」これまで買いそびれていた2冊と「美術館は生まれ変わる」というこちらは衝動買いの1冊を求め、今回の図録とあわせて書籍4冊を抱えて帰り、荷物は重かったが気持ちは弾んだ。

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「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」展

「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」展 於:国立西洋美術館

国立西洋美術館は、近代建築の巨匠ル・コルビュジェの設計。坂倉準三、前川國男、吉阪隆正が監理して1959年に竣工している。その後、1979年と1997年に増築。コンクリートの量感と周囲の空間の在り方が美しく、またカメラの絞りのような形状のトップライトや大胆な吹き抜け空間を横切るスロープ、松方コレクションがあるところの低い天井の薄暗がり上部に光るハイサイドライトなど子供心にもドキドキして、小学生の頃(増築前)はこの西洋美術館が一番好きな建物だった。

そんな思いいれのある建物なので、前庭のイルミネーションがどうも子供っぽく、ふさわしくないと感じられた。もっとも大勢の人が喜んで記念撮影をしていたので、この場所を目立たせることには貢献していたようだ。

一転して、「ハンマースホイ」展は静謐な世界が広がっていた。確かに写真のような雰囲気はあるが、絵画にしか表現できない色彩のトーンとタッチがあり、特に人物の描かれていない室内画にドラマが感じられた。この感覚が舞台美術のような印象にちかい。19世紀のオランダの影響は受けているのだろうが、この色彩は独特で、それまでの風景画や静物画のような対象物の物語や意味を排して、作者が感じる空間自体を描いている。だから私は人物が描かれていない絵画のほうが人物がいるものよりも暖かい気持ちになれた。

私が気にいったものは

○ 雪のクレスチャンスボー宮殿
○ 中庭の眺め、ストランゲーゼ30番地
○ パンチボウルのある室内
○ 居間に射す陽光Ⅲ

カタログを買ったが、印刷の色彩と質感が実際の絵とは異なりちょっと残念。

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日生劇場開場45周年記念公演「魔笛」

日生劇場は1963年竣工で、私が好きな建築家村野藤吾の代表作。
その少し前1961年に前川國男東京文化会館が竣工している。
東京文化会館がストイックで威圧的、雄大な大陸的空気を感じさせるのに対して、日生劇場は有機的曲線を多用し空間の作り方が細やかな日本情緒を感じさせるのだが、イメージは自由奔放で華やか。

自分で場所は日生劇場と言っていたのに、取り違え帝国劇場の前まで行って、「しまった、間違えた!」時計を確認して、大丈夫十分間にあう。
この前、東京バレエ団の「ジゼル」のときも、すっかり文化会館と思い込んでいて、上野駅でチケット見直したらゆうぽーとと書いてあり、慌てて山手線を半周して、五反田駅前からタクシーに乗り「ゆうぽーと」といったら「えっ?」と聞き返され、「ゆうぽーと」と繰り返したら、運転手に「ちっ!!」と舌打ちされたことを思い出した。

「魔笛」はいくつかみたことがあるのだけれど、普段聴いているのはスイトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの1970年録音、ペーター・シュライヤーがタミーノを演じているもので、タミーノとパパゲーノの出番だけを聴いている、あまりいい聴き手ではない。でも、とりあえず他の人に迷惑はかけていないが、隣はほとんど全編通していびきをかいて寝ているし、後ろの人たちは笑いが止まらず、声をたてて笑い通しでうるさい。もっとも、モーツァルトは一般市民のために分かりやすい歌芝居として作ったもののようだから、堅苦しく鑑賞するものではもともとなかったようだけれど。

11/9の配役は

タミーノ     鈴木 准            
パミーナ    星川 美保子
パパゲーノ   折河 宏治
パパゲーナ   直野 容子
ザラストロ   小野 和彦
弁者       小田川 哲也
夜の女王    鈴木 麻里子
モノスタトス   青柳 素晴
侍女       和泉 純子、南 智子、与田 朝子 

パパゲーノ、侍女1(欲目だけでなく)は楽しく伸びやかな声を聴かせてくれた。夜の女王は出番は少ないけれども、有名なアリアを綺麗にまとめていた。
ただ、最後夜の女王や侍女たちもなんとなくめでたしめでたしとなってしまう演出は物足りなく感じた。海外のオペラハウス引越し公演に比べるとチケットは安いともいえるが、美術などにお金がかかっていなくて、キエフオペラのほうが舞台美術も衣装も豪華。国がオペラに資金援助してくれないからかしら。でも、新国立劇場でのごたごたを見聞きすると、国が芸術を支援する際の姿勢がどうもおかしい気がする。政治家や官僚を批判するだけでなく、市民の中から芸術を大事にする気持ちを育てていけたらいいのにと思う。

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大琳派展 ⑤期

上野駅公園口周辺はかなりの人出。
文化会館では7日東京バレエ団の公演、ベジャール版「くるみ割り人形」。
翌8日はウィーン国立歌劇場の「ロベルト・デヴェリュー」。
ベジャールの「くるみ」楽しそうだけれど、今回はパス。オペラは、母たちの付き合いで観に行ったり、TV放送を録画してあげたりして、最近やっとそのおもしろさに気付いたばかり。もう少しいろいろなメディアであまりお金をかけずに、楽しみたい。オペラのチケットは高い。

さて本題。平日の午後でも人では多かったけれども、さすがに週末ほどの大混雑はなく、スムーズにチケットを買って、並ばずに入場できた。今回は、前回観た中でもう一度観たいものと、今回入れ替えになったものだけを観た。

宗達 扇面貼交屏風 6曲1双 出光美術館蔵
    宗達の絵は顔料の劣化が進んだものが多いので
    残念だけれども、さすがに筆運びに勢いがあり美しい。
    図録の解説を見ると、屏風は宗達のものではなく、
    後のもの、とのこと。
    金箔の散らし方は、炎をイメージさせ、
    川端龍子の金閣炎上を思い出した。

宗達 白象図・唐獅子図杉戸
    唐獅子図・波に犀図杉戸 養源院蔵
    何度見てもこの妖しさには圧倒される。
    この動物たちは、建具の裏表、並んだ隣通しで威嚇したり
    逃げたりしているようだけれども、
    有り得ないポーズの構想はどこからきているのだろうか。

宗達 槇檜図屏風 6曲1双 石川県立美術館蔵
    古典の手法を用いながら、なぜか今この時代、
    現代を感じさせる画。

宗達 光琳 抱一 其一 風神雷神図屏風 
    この日も一番の人だかりではあるけれども、先日よりは
    離れた所から一度に4作品を比べてみることができた。
    圧巻。
    私はオリジナルの宗達の画が一番力強くて好きで、
    近寄って細部を観ては離れて全体を観る事を繰り返した。
    髪のなびく向きや筋肉の描き方爪のとがり方、布の翻り方、
    耳の形、瞳の位置と大きさ、決して写実的ではないのに、
    写実以上のリアリティがあって面白い。
    なんといっても屏風は平面を折り曲げることで立体にし、
    動きがでるというところが西洋絵画にはない面白さだ。

光琳 白楽天図屏風 6曲1双 根津美術館蔵
    その屏風の特性を生かして、静と動の対比を使って
    ドラマティックな画面を構成しているのが、これ。先週まで
    紅白梅図屏風が置いてあった場所にある。
    色彩が地味なので多くの人が素通りしていってくれる
    おかげで、私は離れた場所からじっくり観る事ができた。

光琳 孔雀立葵図屏風 2曲1双 
    やはり紅白梅図屏風があった場所にある。垂直と曲線、
    陰と陽、生命と死すら感じ少々不気味さが漂う。

光琳 竹梅図屏風 2曲1双 東京国立博物館
    この潔さと清清しさは、意外。ある意味光琳が自分の画力を
    誇示したものか。

其一 夏秋渓流図屏風 2曲1双 根津美術館蔵
    メビウスの輪のように、時間と空間が捩れて連続する不思議
    空間。近代らしさを感じる構成。知的艶やかに溢れる。
    根津美術館は改築のため現在休館中。

    

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大琳派展 カタログ

尾形光琳生誕350周年記念 の今回、展示内容も分かりやすく工夫されていたが、カタログにも力が入っている。表紙の光琳風神雷神図、表紙を開くと中折れになっていて、その内側が酒井抱一の夏秋草図屏風。4人の風神雷神はそれぞれ全体とアップが中折れ見開きで比べられるし、各章の鏡や解説の地模様も豪華で美しい。本の装丁自体が琳派を意識したものとなっている。これが3000円はお買い得に思う。これまで何度も繰り返し開催されてきた琳派展のカタログの中でも図録として優れているものだと思う。

フェルメール展のカタログと比較すると、フェルメール展は解説文が写真と同じページの記載されていることと、来歴(日本への)、展覧会暦(世界での)、参考文献が各絵画に記載されているので、絵画の歴史を調べるには便利だ。印刷の色の再現については大琳派展に部があるように思う。

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大琳派展

9:30開館のところ9:40くらいには正門前に着いたのだけれど、既に20分待ち。その後も続々と観覧者の大群が列を成している。昨日TVで宣伝されたせいもあるだろうし、俵屋宗達の「風神雷神の図」が10/28から展示に加わったこともあるのだろう。

Photo 俵屋宗達と尾形光琳の「風神雷神の図」を比較展示したものは10数年前に京都国立博物館で観ているし、単独では酒井抱一も含めそれぞれ何度か観ている。しかし今回鈴木其一も加え4点の「風神雷神の図」の揃い踏み。これは楽しい。宗達の筆遣いの勢いと艶やかさ。光琳の構図と色使いの妙。抱一の几帳面なのにユーモラアが感じられるおかしさ。其一になると模写という枠を踏み越えて独自色が濃い。

その他にも、これまで観たことのあるものもないものも含め、量、質ともに充実していてとても一気には観きれない。途中二度ソファに腰掛け休憩しながら結局4時間近くかけて鑑賞。父親らしき人に肩車されていた3,4歳くらいの女の子が「雷さんもっとみたいよ!!」と叫んでいた。私がドラクロワ展を観て感動したのは7歳。本物の芸術が持つエネルギーは心の奥深く浸透し人の一生に影響を与えるもの。うちの子供は何故か絵画に興味を示さない。ちょっと悲しいけれど私とは異なる指向を持っている。子供は子供自分とは別人格。頭では分かっていてもなかなか・・・

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フェルメール展

新幹線で小倉まで帰る叔母を東京駅まで送って行った。朝9時少し前だったので、上野の東京都美術館へ行きフェルメール展を見て来た。開館直後で空いていてゆっくりみることができた。帰るときは、11時少し過ぎていたが、長蛇の列だった。もっとも金曜日は午後8時まで開いているので、お勤めの人は夕方行っても見られる。

Image11_2

今回初めて見るものばかりで、新鮮だった。以前見たことがある作品は
《真珠の耳飾りの少女》
《牛乳を注ぐ女》
《恋文》
《絵画芸術》
の4点だけだと思う。今回、出品予定だった《絵画芸術》は作品保護のため出品不可ということで残念。もう一度見たかった。
今回の展示は比較的明るくて反射の少ない見やすい照明で良かったと思う。何しろ古い油絵なので、これまで薄暗い上に大混雑する中で息をひそめて見るのは、あまりうれしいことではなかった。

今回見た中でもっとも美しいと感じたのは、
《小道》
《手紙を書く婦人と召使》

今回は展示期間が長いので、もう一度見てこようかな。

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三渓園

昨夜、『美の巨人たち』で三渓園の建築内部特別公開をしていると知り、早速観に行った。
まずは蓮の花の出迎えImg_5079
今日は久しぶりに暑すぎず過ごしやすい一日だった。

Crw_5084翔閣玄関。その趣が優しいのは活けてある蓮の花のせいばかりではない。ほの明かるさを拡散させる障子とその空間のプロポーションのせいだろうと思う。

池に面した広間は明るく、大きな空間でこれは住宅というよりも、宴会場のような空間。Crw_5088 

Crw_5117春閣は紀州藩の別荘を移築、再構成したもので、絢爛豪華な中にも別荘らしい軽妙酒脱さが光る。写真でそれを表現できないのが残念。欄間とか敷居とか障子とか、襖絵とかそういった部分を集めただけでない、光と空気の流れのせいか。

Img_5134暗過ぎて写真が撮れず、非常に残念だったのが、蓮華院。土間の中央にでんと構える平等院鳳凰堂の古材の 転用したといわれる柱は、構造上の柱としては使われていないようであったが、その存在感は観るものを惹きつけずにはおかない。

そのほか原三渓の隠居所白雲閣はディーテールと素材の宝庫、旧天瑞寺壽塔覆堂の扉のレリーフは美しいし、月華殿や金毛窟も遊びともてなしの心があり面白い。

Img_5145しかし、小さいながらもその楼閣が一際美しいのは聴秋閣。中が見られず残念。

いい写真が撮れなかったので、来年この時期また行こう。今度は高速書き込み大容量のCFカードを持って。

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8月9日

長崎原爆の日、フィリッポ・インザーギの誕生日。ついでに大学時代の友人S君の誕生日。

セットで8月6日は広島原爆の日、やはり大学時代の友人I君の誕生日。

さらにいえば、1月17日は阪神淡路大震災の日、義兄と大学時代の友人S君の誕生日。

北京五輪の開会式は今までにない美しさだった。ラン・ランの髪型はへんだったけど・・・盛んに民族の和と世界平和をアピールしていて、そのあたりはちょっとひっかかりを感じもしたけれど、ショーの出来としては、さすがだったなぁ。TVの前で拍手してしまった。

まさに生と死、破壊と誕生。
ちょっと感傷的になった。

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東京国立博物館 薬師寺展

P1000005_1 思ったほどの混雑もなく。ゆっくり鑑賞できた。

平成館での企画展示の目玉、日光・月光菩薩立像は美しく、またゆっくり見られるように工夫された展示はよかった。

いろいろ鑑賞のポイントはあると思うが今回は足の指に注目してみた。

外反母趾で悩んでいる私にとって、足先の形は重大問題で、つい指の長さに目がいってしまうのだ。

第1指(親指)が一番長く第5指に向かってだんだん短くなるエジプト型

第2指(人差し指)が一番長いギリシャ型

指の長さがほとんど同じスクエア型

日光月光菩薩はどちらもスクエア型に近いエジプト型だった。

平成館を出た後、表慶館と法隆寺宝物館もまわった。
法隆寺宝物館の中の菩薩像はエジプト型もギリシア型もスクエア型もあった。足先を見てからお顔を拝見すると、エジプト型の場合は東アジア的な相貌だし、スクエア型の場合はエスニック顔が多いのは面白かった。

P1000010_1 これは紅白の椿だけれど、この剪定の仕方と並び方は不思議の国のアリスのよう。

いつ来てもここの庭は魅力的。P1000008_1 P1000014_1 P1000022_1

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『舞台芸術の世界』

Photoディアギレフのバレエリュス展を東京都庭園美術館に観に行った。 以前から気になっていたのだが、家人との最初の出会いが庭園美術館だったので、久しぶりに二人で行こうと思っていたのが、やっと遂げられた。

今日から9月1日までは夜8時まで開館しているので、夜行ってみるのもいいかもしれない。またこの期間中茶室も4時から6時まで公開している。
Classiques_11_2実は展示そのものよりも、建物のほうが好きなことと、リュスがらみのバレエをビデオ上映するというので楽しみにしていた。
11:30~  『薔薇の精』 『牧神の午後』
12:30~  『ペトリューシカ』

パリオペラ座の公演で薔薇の精はルグリで、若かった(1990年?)。教科書のような踊りで、ルグリは若いときから上手だったのだなと感心したけれどもRose_004_2【特に少女と一緒にスキップのようなステップを踏む場面で は女の子の心境がわかるのかと思った】、イーゴリ・コルプのような強烈なインパクトはない【大体コルプは少女には全く同化しようとしない。今にも襲いかかるのではないかと・・・】。というか、コルプがありすぎなのか?身体のプローポーション的にはニジンスキーに近い気もする。美術館内にマラーホフの薔薇の精のポスターが貼ってあるせいか余計にそんな気がする。マラーホフはとても好きだけれど、たぶんニジンスキーの持っていたオーラの色とは異なる気がする。

Malakov_rose_070621牧神はシャルル・ジュド。これぞ私が思い描いていた牧神にかなり近い。しかも手足が長くて美しい。たぶん写真でみることができるニジンスキーよりもビジュアル度が高い。また、衣装が当時のものよりソフィスティケイトされていて、野獣度は低い。
そしてなんと、NBSホームページによると9月の東京バレエ団ジゼル、<ニジンスキー・プロ>はマラーホフ降板で牧神はこのシャルル・ジュドが踊るのだそう。もしかして、マラーホフ降板につきチケット完売になっているこのプログラム空きがでるかしら?

ペトルューシカは、ちょっと眠かった。

たぶん、リュスにいたセルゲイ・リファールがその後オペラ座の芸術監督&エトワールであったため、ロシアのバレエ団ではなくオペラ座がリュスの踊りを色濃く残していると思われるのだろう。でも、踊っているのはヌレエフの流れの人たちだとおもうけど・・・

**写真は上からルグリ、コルプ、マラーホフの薔薇の精**

建物に関しては、実はバレエよりも書きたいことがたくさんあるけれども、それは後で。

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安藤忠雄

この人くらいになると一般の人でもかなり認知度が高い建築家だ。この前の都知事選に続き今度の参院選にも立候補している黒川記章とどちらの名が知られているだろうか。

安藤忠雄はアウトローとしてデビューし、そういった手法で売り出してきたにも係わらず、現在は東京大学教授という肩書きをもつインテリである。ところが、この日偶然安藤忠雄の講演があり、会場はかなり大勢の人でごった返していた。予定時刻になってもなかなか登場しない。かなり遅れて到着し、開口一番「今日は東大の入学式があり、私も出席せねばならず、遅くなりました。すみません。しかし、なんで私が東大なんかの入学式に出席せねばならんのか・・・」東京大学に在籍している、工学部建築学科の看板教授なのだから、当然だと思うのだが、本人は傍若無人なポーズ。Photo_31

彼の作品は、かなり優れたものが多い一方、好き嫌いははっきり分かれる。特に、建築に興味がない人にとって。これはある意味パラドクスだと思う。興味があればこそはっきりした志向が生まれるのが普通だと思う。それなのに、興味のない人にも強い感情を引き起こすのだ。結果、嫌い、となることも往々にしてあるということか。個性の強さとはそういうものだ。

東京ミッドタウン内にある美術館21-21 安藤忠雄と三宅一生とのコラボレーションで生まれた建物。ミッドタウンにはかなり大勢の人が集まってくるが、その建物自体はあまり芳しくない。妙に安っぽい。変な日本趣味で、まるでハリウッド映画の中の日本趣味。そこにあって、もっとも魅力的なのが公園。日本では数少ない都会のなかの開かれた公園。21-21はその緑の空地の端っこに位置するので、外から見ると美術館と言うよりも公園の中の休憩所といった趣である。同じ六本木にあり、ファサードにガラスを使っているにもかかわらず前述の黒川記章設計 国立新美術館とは対照的な建物。

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金刀比羅宮 書院の美

芸大美術館で観て来ました。
国立科学博物館で開催の、マヤ、インカ、アステカ展は混雑していたので上野に着いた時点で行き先を変更しました。結果的にはとても良かったです。

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稚松図、芦丹頂図(円山応挙)に囲まれた鶴の間はこの金刀比羅宮の格式を表すべく作られた部屋であると思われます。まさにこの部屋自体が床の間といった風情です。

円山応挙の虎は子猫のようなプロポーションで、虎は想像上の動物であったことが伺えます。この虎の間は富士の間や七賢の間の控えの間であったと思われますので、高貴な身分の正使の従者が通されたのでしょうか。強い動物の代表として描かれた虎。さすがにその構図は緊迫感のある優れたものです。でもやはり虎自体の姿が猫でかわいらしすぎます。

そして、圧巻は七賢の間、富士の間に囲まれた山水の間で、これぞまさに貴賓室です。
花頭窓のある書院には野山推松図、床の間には瀑布古松図、賓客が座す左手、花頭窓正面には山水楼閣図、そして賓客正面に春景山水図。いずれも応挙の襖絵だが、山水楼閣図は清々しい風が感じられる絵だった。ただとても残念なのはこの部屋の春景山水画以外が複製画(カラーコピー)だと言う点。おそらく本物はすばらしい出来に違いないのだろうけれど、やはりカラーコピーは弱弱しいし、薄っぺらい。複製にしても模写であればもう少し力強さはあったかもしれないが、そうすると雰囲気がかわってしまうであろうし、いたしかたない。

Photo_10

表書院から廊下を渡った先の奥書院は、むせ返る様な女の園という趣。岸岱の花鳥や群蝶などはシルクロードのペルシャやイスラムの紋様を想起させる。さらに、この奥の貴賓室たる上段の間の花丸図(伊藤若冲)はまさに百花繚乱植物図鑑のようだ。その構図は壁紙のようでもあり、妙にモダンな印象を与える。岸岱よりもほぼ100年前の人であるにもかかわらず・・・

この展覧会は書院のつくり配置を模しているので、金刀比羅宮の雰囲気が伝わり、会場の中を4回ぐるぐると回周して大変楽しく観賞する事ができた。

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神楽

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神逐蓑笠 かみやらいみのかさ

天照大御神に、稲荷神から五穀を貰って来るよう命じられたスサノオは稲荷神を殺してしまう。スサノオは天つ国を追放され、天照大御神は岩屋に籠ってしまう。
五穀の種を持ち帰らず、保食神を斬った須佐之男命を天照大御神は詰問し、須佐之男命が高天原を奪おうとしているのではないかと疑い、厳しく追求します。困惑した須佐之男命は天児屋命の機転で一度は逃げますが、後を追ってきた天照大御神に取り押さえられてしまいます。

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