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2017年7月

2017年7月20日 (木)

ツィメルマン新譜

今年はヨーロッパでバーンスタインの交響曲第2番『不安の時代』を演奏予定のツィメルマン。日本での演奏予定はなさそうで淋しい限りですが、9月に新譜が出るようです。

シューベルトのソナタ20番と21番(D.959とD.960)で早速予約はしたのですが、なんとレコードも出るのですね。レコードは今はやりですし、以前彼はCDよりもSPレコードの方が良かったと言っていた気がします。発売されるのはLPのようですね。2枚組となっています。2枚組?片面?
なんだか欲しいけれど、我が家のレコードは10年ほど前の引越時に全て捨ててしまって、プレーヤーも同時に捨てたので新たにプレーヤー買わないと聴けません・・・
というか、DGとの揉め事は解消したのでしょうか。
ショパンのソナタ2番と3番も新譜出してください。ライヴ録音いっぱいあるでしょう?
ドビュッシーの映像も背筋がゾクッとして寒気を感じるほど感銘しましたし。
ブラームスのコンチェルトもベートーヴェンのコンチェルトも良かったけれど、やっぱりリサイタルの方が好きです。シューベルトのリサイタルはこのブログに感想書いていませんが、所沢とサントリーホールで聴きました。これまで聴いたことのある誰にも優る音楽の愉悦性を感じました。特にD.959では左足がリズムセクションのようになっていて、とても楽しくなりました。
録音は柏崎でのものとのことです。手許に届くのが待ち遠しいです。

2017年7月14日 (金)

京都迎賓館

京都迎賓館のガイドツアー(約1時間)に参加しました。

ここの設計は日建設計で竣工時に名古屋支店にいた知人がスライド会を開いてくれましたので建築の概要は知ってはいましたが、今回祇園祭の最中ということで屏風によるおもてなしが演出されていました。
建築が秀逸なだけでなく、造作がこれまた至芸の極致でなんと楽しかったこと。
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緞通敷きの大広間が洋間だったのに対して、掘りごたつ法式のお座敷
和室の作り方としては変わっているけれど、なんかくつろぎが感じられる
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欄間 -日-(裏は月)
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船着場

ヴァン クリーフ &アーペル 技を極める ハイジュエリーと日本の工芸

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京都国立近代美術館まで行ってきました。これが見たくて!!
バランシンの『ジュエルズ』はバレリーナ・シリーズのこれらのブローチとかクリップとかがもとになっていると英国ロイヤル・オペラ・ハウス2016/2017シネマ『ジュエルズ』を先日見て初めて知った。
実物は想像以上に大きくて眩い光を放ち、本当に綺麗でした。
もともと私は宝石とかアクセサリーはめったに身に付けないのだけれど、これらは交通費3万円かけても見てきて良かった。
これ以外の宝飾品も綺麗だったし、日本の工芸品も素晴らしい。

並河靖之&濤川惣助等の七宝はもちろん、刺繍とか織物、漆芸、陶芸そういった至芸の集結が圧倒的だった。透明な展示ケースを通して全方向から見られるのも良かった。もっとゆっくり見ていたかったのだけれど、京都駅から国立近代美術館までバスで1時間以上かかったため思ったほどゆっくりできなかった。(祇園祭の最中で街中は混雑していたため、でもその分お祭り気分は味わえてよかったかな)

2017年7月 3日 (月)

川端龍子 没後50年 記念展

山種美術館で現在開催中の川端龍子展に行って来た。

平日の午後のためかゆっくりと鑑賞することができた。

龍子記念館で観たことのある作品も多かったが、展示空間の大きさと明るさが異なるためにかなり印象が異なった。

龍子記念館は天井が高く全体的に明るくのびやかなのに対して、山種美術館は地下空間で全体的に薄暗い照明のなかで絵画が浮かび上がるような展示手法を取っている。誤解を恐れずに言えば龍子記念館は庶民的親しみやすく、山種美術館はお洒落で少々気取っている。(山種美術館も根津美術館も私は好きで何度も行っているけれど、元大田区民の私は地元でいつでも行けると思っていた龍子記念館には2度しか行ったことがない。)

今回のリーフレットに使われた『草の実』の美しさや豪華さには目を奪われた。永井健志先生の絵の繊細さの源流はここにもあるのかなと思った。これはこの美術館にぴったりだと思った。

一方で『香炉峰』や『竜巻』には今回の展示空間では小さ過ぎるように感じられた。何となく私が龍子にもっているイメージの絵。大胆で自由奔放、なおかつ大きい。

当初会場芸術と揶揄されたものを本人が逆に気に入ってその後自らその言葉を使ったように、当時はインスタレーションという概念がまだなかった頃、堂々と展示空間と作品と鑑賞する人々との関係性を正面から主張したところが革新的だったのだろうと思う。

私自身が日本画を習い始めて技術の難易度に感心する部分もあるし、今回の展示が年代を追いながらも龍子の人となりにスポットを当てていたために感じ入った部分も大きかった。

その一つが戦時中に描かれた作品群だ。『香炉峰』『爆弾散華』といった大作だけでなく息子の出征に際して描かれたという小品『千里虎』。

『香炉峰』における表現は飛行機に乗って上空から見た景色と空気との一体感といったものが機体を半透明にして描くという独創によって表現されていて、そこに政治的色彩は感じられない。

それよりも前に描かれた『千里虎』は武運を願う気持ちと我が子の無事を祈る素直な気持ちが感じられて、戦争の結果をもとより知っている者が見ると感傷的になるけれども、当時の龍子にはそんな気持ちはなかっただろう。

一方終戦三日前に自宅が空襲を受けて倒壊し、死亡者まで出したときの惨状を描いた『爆弾散華』はあまりにも生々しい記憶をそのままの形で表現することができず、野菜の花や実に置き換えて表現されている。爆風で吹き飛んだ植物に切り箔を散らした様は暴力的でありながらもグロテスクではない。悲しいけれども恨みがましくはない。そこにはあくまでも絵画としての美が表現されている。『ゲルニカ』のような強い怒りを直接的に表すことはない。そこは画家の性格や信条にもよるかもしれないが、日本画が日本画としてある所以なのかもしれない。激しい感情を感情の赴くままに叩きつけるような絵は日本画として成り立たないと思われたのだと思う。

『鳴門』『黒潮』もダイナミックで素晴らしい。

後期展示の『八ツ橋』『金閣炎上』も楽しみだ。

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