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レオニダス・カヴァコス & エンリコ・パーチェ

2012.11.15 トッパンホール

ベートーヴェン:
  ヴァイオリンソナタ第1番ニ長調Op.12-1
  ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調Op.24《春》
  ヴァイオリンソナタ第9番イ長調Op.47《クロイツェル》
アンコール
ストラヴィンスキー:サミュエル・ドゥシュキン編曲
  《ペトルーシュカ》よりロシアの踊り
ベートーヴェン:
  ヴァイオリンソナタ第6番イ長調Op.30-1第2楽章
  ヴァイオリンソナタ第8番ト長調Op.30-3第3楽章

開演の予鈴が鳴って結構な間が空いた。会場内で話される小声も途切れシーンしている。普段は気が短くて待たされるのが嫌いなのに、ギリシャ人とイタリア人だから、のんびりとこれから着替えるのかとか、どんな演奏が聴けるのか等と想像していたら不思議と楽しくなってきた。しばらくして舞台袖でチューニングする音が漏れてきた。ついに扉を開けて出てきたカヴァコスは想像以上に大きくて、黒い長髪、微妙に無精髭風、黒いスタンドカラーのオーバーシャツは幾何模様の織で袖と前立てに赤いパイピング。会場中の人に挨拶するかのように好奇心いっぱいに目を輝かせて端から端まで見渡している。人なつこいバーニーズ・マウンテン・ドックのようだ。そしてピアニストのパーチェは痩躯にグレーのロングタキシード、少々神経質そうな表情。この二人、実は同年齢。

譜面台に楽譜を置くと、すぐ演奏開始。ヴァイオリンはとても澄んだ綺麗な音でありながらも暖かくやわらかい。弓を上げ下げするたびにカヴァコスの呼吸が聞こえてきて、時々バンドネオンとかアコーディオンのような音を立てる。大きな体があの音色を作っているのだろう。一方ピアノは少々憂いを帯びた軽く澄んだ透明度の高い音で、でしゃばることなく歌をリードしていく。(この二人が演奏するベートーヴェンのヴァイオリンソナタを聴きながらこれを書いているけれども、ヴァイオリンもピアノも共に昨日とは印象が異なり、特にピアノの音が全く違う。)男性ピアニストにしては細めの指が鍵盤に対してフラットな構えで滑らかに移動し、ペダルの踏み方も丁寧で柔らか。楽譜にある音以外の音を立てない。パーチェは時々カヴァコスのほうを振り返って見ているけれど、カヴァコスがパーチェのほうを見ることはほとんどないせいかどうか、時折微妙に二人のタイミングがずれるのだけれど、こんな風に演奏したいんだなと思うだけで、またすぐに二人の呼吸があってくるので、特に違和感はない。
私はベートーヴェンのヴァイオリンソナタの1番、5番、8番、10番が好きで、グリュミオー&ハスキルかクレーメル&アルゲリッチの演奏を聴くことが多いが、夜眠れない時にはグリュミオー&ハスキルを聴くと気持ちが安らぐ。前半はまるでハスキルとグリュミオーを聴けたかのような幸福感に満たされた。

一転して後半のクロイツェルは、この曲が本来持っている魔性とかエキセントリックな感情の奔流とかを一気に爆発させたかのような演奏で、前半とは対照的だった。1楽章冒頭ヴァイオリンソロから大変な集中力で、ヴァイオリンの音量は全体的に3割アップしたような気がするし、テンポも強弱も自由自在に変化するのに合わせて多彩な音色が瞬時に切り替わるし、息つく暇がない。それまであまり激しい体の動きがなかったカヴァコスだがスフォルツァンド部分では飛び跳ね床を踏み鳴らしていた。2楽章での美しい歌い回しをヴァイオリンとピアノが交互に繰り返すところでも、控えめな表現ではなく、雄々しいとか堂々としたという表現の方がふさわしいくらいだった。3楽章ではこれまでフォルティッシモでもエレガントな演奏をしていたパーチェが肩より高いところから腕を振り下ろしてガツンと凄い勢いで始まり、どんどんヒートアップして会場全体が興奮の坩堝と化したといっても過言ではないと思う。最後の余韻はピアノがより長く残り、幽かな音の消えゆく時間やや静寂があって、小さなホールが万雷の拍手で満たされた。本人たちも渾身の演奏に満足の笑顔を見せていた。
アンコールはベートーヴェンの他のソナタだろうと思っていたら、まさかのペトルーシュカで驚いたけれど、先程の興奮が続きノリノリの超絶技巧これでもか!状態で盛り上がりも最高潮。次はクールダウンのベートーヴェンソナタの6番、そして8番。どちらも大変優美でちょっと悲哀が感じられて大満足。サイン会にはたくさんの人が並んでいたようだけれど、私は今聴いているこのベートーヴェンソナタ全曲のCDだけ購入して帰宅の途に就いた。この秋一番幸せな時間だった。

追記

カヴァコスもパーチェもどちらも強く印象に残ったので、うちにあるTVの録画番組(ヴェルビエ音楽祭2012)とかYou Tubeの映像(http://www.festivalnazioni.com/IT/Galleria/Foto)とかを見たら、ステージ衣装は同じもののようだった。ただしFESTIVAL DELLE NAZIONI の映像は音割れしていて、ちょっと聞きづらい。ヴェルビエではジョシュア・ベルとイザイを演奏しているけれど、ベルも1967年生まれの同い年。二人の演奏スタイルはかなり違うのに、生まれてくる音には共通点が多いように感じた。

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コメント

はじめまして、私もリサイタルに行きとても感激したので
ブログを拝見しとても嬉しく思いました。
ジョシュア・ベルとレオニダス・カヴァコスはインディアナ大学のジョゼフ・ギンゴルドのもとで学んでいました。
何かしら似ているところはあるかもしれません。

カヴァコスのベートーヴェン新譜は本当に素晴らしく毎日聴いております。多忙な方なので来日は難しいようですが
これからの活躍に期待したいです。

投稿: milky | 2012年12月 5日 (水) 00時19分

milkyさん、初めまして。

本当に素晴らしい演奏でしたね。特に小さな演奏会場では演奏する側と聴衆との一体感があって、何にも代えがたい贅沢です。

ギンゴルトはグリュミオーと同じイザイの弟子で、ベルもカヴァコスもそのギンゴルトの教えを受けていたのですね。知りませんでした。お教えいただきありがとうございます。

投稿: pomodoro | 2012年12月 5日 (水) 16時31分

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