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2011年9月

高山、白川郷・五箇山、黒部

温泉旅行に行ってきた。下調べもほとんどせず、行き先も日程も急に決めたら、台風の日本上陸が迫っていた。

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松本で高速を降り、昼に蕎麦屋で順番待ちをしている時に宿泊予定のホテルから「国道158号線は不通だから木曽福島から迂回して欲しい」と連絡があった。しかし再度連絡があり「通行可能になったようだ。」とのこと。午後になり小雨が降ってきた。片側交互通行部分が2箇所。 上高地手前、道路沿いの川の対岸に迫る崖が崩れ現在進行形で土と石ころが音を立てて落ちてきて驚いたが(ここが大変な渋滞区間だった)、もう1か所は崩れた崖側の車線の復旧工事中だった。そこを過ぎてからは山間の道を快適なドライブだったが、途中「重要文化財 荒川家」の標識の所に石置き屋根の民家が見えたので、引き返して見てきた。

P1020087s_2 切り妻板葺屋根に石を載せて押さえている民家。大学1年生の夏休みに私たちのグループは置き石板葺屋根について調べたことが思い出された。当時該当する物件を見たことのない私たちは川崎民家園に行って見てきたが、これはそれに比べるとずっと規模が大きく、また水平線を強調したプロポーションの美しい建物だ。緩勾配(4寸勾配くらいか?)なので、屋根に上がって雪下ろしすることを前提にしているのだろう。
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屋根架構は登り梁を使い柱の間隔を開け大空間を骨太でありながらスマートにまとめている。2階妻側には掃き出しの大きな障子、桁側には地窓があって雨天時に窓を開けていても、軒の出が大きいので快適だった。掃き出しの大きな障子には雨戸もある。

小屋裏の天井を貼らずに榑(クレ)板がそのまま見えている。ちょっと見上げただけではこの家の板材の樹種は分からなかった。館内にあった荒川家略年表によると主屋の棟上げが寛政八年(1796)、昭和三十年代に大屋根を鉄板葺に改造とある。昭和46年に重要文化財に指定されたのち、鉄板が剥がされたのだろうか。最後に行われたクレ板の葺き替えがいつだったのか訊いてくれば良かった。
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隣地には移築された緒方家住宅(切り妻板葺)がある。 

ホテルに着いた時には土砂降りで、この日の市内観光は諦めた。部屋から市街地を一望でき、快適だった。飛騨牛のしゃぶしゃぶがおいしかった。

翌日、相変わらず雨が降っていたので、朝食が済むと高山市内の観光は中止し、一路白川郷へと向かった。白川郷までの道は悪天候のせいかほとんど車が走っていなかったが、高速を降りるとさすがに世界遺産の観光地、平日にも関わらず大勢の観光客が歩いていた。

続く

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ワールドクラシック@シネマ 2011「コッペリア」

Livespire『ワールドクラシック@シネマ 2011』
バレエ「コッペリア」パリ・オペラ座バレエ
新宿バルト9にて

音楽/レオ・ドリーブ
演出・振付/パトリス・バール
(パリ国立オペラ座バレエ団1996年アルチュール・サン・レオン振付)
装置・衣装/エジオ・トフォルッティ 
照明/イヴ・ベルナール
パリ国立オペラ座バレエ団
コーン・ケッセル指揮コロンヌ管弦楽団
スワニルダ /ドロテ・ジルベール
フランツ /マチアス・エイマン
コッペリウス /ジョゼ・マルティネズ
スパランツァーニ/ファブリス・ブルジョワ

ジョゼ・マルティネスのファンとしては、「万難を排して」観に行った。(大袈裟)
英国ロイヤル・バレエ団のニネット・ド・ヴァロワ版は、スワニルダの行動が意地悪で居心地悪く感じられたのと、物語の展開が緩慢で冗長に感じられるのに対して、バール版は物語の展開と舞台美術が新鮮に感じられた。

スワニルダが若い恋人のフランツにはないコッペリウスの神秘性に惹かれるけれど、コッペリウスが求めていたのは結局スワニルダのもつきらきらと輝くような生命力で、彼女の人格や精神を求めていたわけではなかったようで、そのことに気付いたコッペリウスが急に冷淡になり、スワニルダは傷つき、フランツと共に現実世界へと戻ってくる。
でも、ダスティン・ホフマンの「卒業」のように、ラスト若い二人の将来は必ずしも明るいものではないようだ。これまでの「コッペリア」では希薄だったオペラ「ホフマン物語」と同じ原作「砂男」の怪奇性に軸足をおいた物語に変貌している。

コッペリウスはスパランツァーニのような植物に寄生する大きなラフレシアの花のようで、ジョゼの踊りはいつものようにのびやかで美しかったが、顔の表情は実態のない女性を一途に思いつめるやるせなさ、悲しさを表現しつつ、エロティックでグロテスクな男を怪演していた。
このコッペリアは「砂男」という名前から私が勝手に連想する蟻地獄というより、エロティックでありながら冷めた眼で自分自身と社会を描いた「Les Fleurs du mal」(ボードレール「悪の華」)とか「Le Diable au corps」(ラディゲ「肉体の悪魔」)を連想させた。ジルベールのコケティッシュな美しさやエイマンの軽やかな跳躍も目の保養になったけれど、やはり主人公コッペリウスの踊りというよりも演技が中心になる作品なのだろう。踊りそのものについていえば、あまり特徴がないというか見せ場が少ないように感じたがパトリス・バールのパリ・オペラ座引退記念作品ということのようだ。長年御苦労さまでした。

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