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NBA イースタン カンファレンス ファイナル 第5戦

Cavaliers 112 vs 102 Magic

カンファレンス ファイナル 第5戦は結局キングコングことレブロン・ジェームズ率いるキャブスがスーパーマンことドワイト・ハワード率いるマジックに勝って、2勝3敗と崖っぷちで踏みとどまった。---心情的にはレブロンのほうが好き。なんかいい人でしょ。ハワードだって目立ちたがりだけど、いい人かも。

今年はイーストもウェストも接戦が続く。

UEFAチャンピオンズリーグはバルサがマンUを2-0と下し優勝。しかもボール・ポゼッションは圧倒的にバルサで、前半はメッシがポールを持つと3人がかりで寄っていくのに、かわされて、結局フリーな選手を作ることになってしまい、後半はもうメッシが持ったらあきらめて取りに行かず、結局ほとんどボールに触れないマンU。惨め。ユーロ2008でスペインを優勝に導いたシャビ・イニエスタの中盤コンビにプジョルの熱血リーダーシップがこのチャンピオンズリーグでも他を圧倒したのだけど、負けたマンU側にすればイライラし通しでフラストレーションが溜まる試合だった。

TVで見るならバスケットのほうが試合全体が見えて面白い。サッカーは大きな面で動くのに、TVがシュートシーンの再現なんかしているうちに、局面が大きく動いちゃうことも多いから。

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CD,DVD 1

重量級のピアノを聴いて疲れたので(しかし、コンサートピアニストという職業は体力も気力も生半可な人には務まらない。ツィメルマンはキングコングのようだなぁ、なんて思ったりして。怒られそう・・・。いえ、スーパーマンでした。)少し頭と心を休ませようと思い、古いバレエのDVDとバレエ音楽のCD数本と買ってそのままになっていたCDを少しずつ聴いてみた。

まずキーロフ・クラシックス スターの競演<上巻><下巻>
1991年スタジオ収録
芸術監督 オレグ・ヴィノグラードフ
ヴィクトル・フェドートフ指揮 マリインスキー劇場管弦楽団

『レ・シルフィード』(ショピニアーナ)
アルティナイ・アスィルムラートワ
コンスタンティン・ザクリンスキー

ザクリンスキーはさすがに若者には見えないが、アスィルムラートワとのパートナーシップがよく、安心して観ていられる。ショパンをバレエ音楽に使ったのが初めてかどうかはわからないが、有名になったものはフォーキンのこの演目とノイマイヤーの椿姫だろう。フォーキンはショパンのメロディーの美しさとサロン音楽としての踊りやすさを利用してなんと牧歌的な振付をしたことか。ノイマイヤーがショパンの持っていた情熱と悲劇性を利用したのとは対照的。何も考えずに頭を休めるにはノイマイヤーは重いから、こんなときには丁度良い軽さ。
この収録年の1991年、アスィルムラートワは英国ロイヤル『ラ・バヤデール』に客演しニキヤを熱演している。熊川哲也がブロンズ・アイドルで出演してる例のもの。

『ペトルーシュカ』 ヴィノグラードフ版
セルゲイ・ヴィハレフ

『火の鳥』にしろ『ペトルーシュカ』にしろ『春の祭典』にしろストラヴィンスキーの音楽を初めからバレエ音楽として知っている私たちの時代とは違って、20世紀初頭の人々にしたら斬新だっただろうという痕跡は残っている振付。ソ連の崩壊が1991年12月だからもう体制批判しても大丈夫と妙に安心して振りつけた気がする。1931年に初演されてから2006年にラトマンスキーが再振付するまで上演されなかったショスタコーヴィチの『ボルト』を思い出す。
ヴィハレフはキーロフのダンサーにしては大柄ではないが、腕や指先の使い方表情の付け方はさすがに美しい。

『海賊』より パ・ド・ドゥ
リューボフィ・クナコワ
ファルフ・ルジマートフ

この頃のルジマートフを観たかった。。。
でも、アリ(1989)やバジル(1986)、ばかりでなく他の全幕演目もキーロフの映像をもっと残して欲しかった。眠れる森の美女の王子デジレ(1989)なんて見せ場が少なくて。

『アダージオ』
音楽:サミュエル・バーバー
振付:ヴィノグラードフ
エレーナ・エフチェーエワ
エリダル・アリエフ

二人のスタイルのよさは際立っているものの、宇宙人のような衣装とこの振付理解できない。組み体操のようにするならもっとラジカルなほうが良いし。

『人形の精』
ラリッサ・レジュニナ
ドミトリー・グルジェフ
ヤロスラヴ・ファデエフ

レジュニナが嵌役。可愛らしい!!しかも眠れる森の美女でのオーロラのときよりも上手。道化の二人も安定したテクニックを見せてくれるので、楽しめる。

『マルキタンカ』パ・ド・シス
音楽:チェーザレ・ブーニ
振付:アルチュール・サン=レオン
セルゲイ・ヴィハレフ
エレーナ・パンコーワ
イリーナ・シトニコワ

パンコーワのリズム感、安定したテクニック。派手なことをしなくてもすぐに彼女だと分かるお手本のような動きと形。彼女が主役の全幕が見たかった。

『パキータ』
ユリア・マハリナ
イーゴリ・ゼレンスキー

二人とも若くて、美しい。マハリナの生き生きとした踊りは生の喜びに満ちていて結婚式にぴったり。パリ・オペラ座のルテストュとマルティネスの優雅さとはまた違った趣で良い感じ。
パ・ド・トロワで上手なのはロパートキナ?えっ、パンコーワ、シトニコワ、シチェリンと書いてある。ヴァリエーションはゼロンキナ、クナコワ、レジュニナ(この顔はさっきも見てるからわかる)、コルツン、イワノワ。さすがに1991年入団のロパートキナはまだ出演してない?

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クリスティアン・ツィメルマン Bプログラム

ジャパン・アーツからBプログラムが発表になった。

[プログラム B]
J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
バツェヴィチ:ピアノ・ソナタ第2番
シマノフスキ:ポーランド民謡の主題による変奏曲 作品10

ブラームスがバツェヴィチに入れ替わっただけ。
バッハは何かな?ブラームスは?なんて考えてたのが、見事に・・・
シマノフスキがあまりに好評なので、プログラムの構成をなるべく動かさないようにしたのかしら?私はブラームスが一番よかったのだけど。バツェヴィチのピアノ・ソナタは7月にCDが発売になるのでしたっけ?

今度のサントリーホールは先行発売で席がどこになるか分からずにとったのでいまいちな感じはあるけど、右側のほうがピアノの音はきれいだと思うので先日の音との違いを楽しんで来よう。

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≪青椒肉絲≫≪蛸と生麩の炊き合わせ≫≪生麩のポークロール豆乳煮混≫

Crw_5598 Crw_5595 Crw_5594

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Krystian Zimerman 2009.05.22

200952219:00開演 於:彩の国さいたま芸術劇場

Program A

J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826

      第1曲 シンフォニア

      第2曲 アルマンド

                第3曲 クーラント

      第4曲 サラバンド

      第5曲 ロンド

      第6曲 カプリッチョ

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111

ブラームス:4つの小品 Op.119

      第1曲 間奏曲 ロ短調

      第2曲 間奏曲 ホ短調

      第3曲 間奏曲 ハ長調

      第4曲 ラプソディ 変ホ長調

シマノフスキ:ポーランド民謡の主題による変奏曲 Op.10

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まだポリーニの音の余韻が残っていて、身体の深奥からポカポカと暖められている私は、軽い疲労も心地よく穏やかな気分で会場へと向かう。

今日は初めてツィメルマンの演奏を体験する母を同伴。

バッハのパルティータ第2番は初めの1音から一撃ともいうべき強音でありながら計算された丁寧な響きを作り出し、次々と高速で重ねられる響きの中に遊び心が繰り出される。子供のときバッハが苦手だった私がもしこんな演奏を当時聴いていたら、練習が好きになっていたかもしれない。

と、気分が高揚してきたところでベートーヴェンのソナタ32番。音の塊で後頭部を連打されたような感じだったが、次第にその刺激に慣れてくる。痛みを我慢しているうちに次第に感覚が麻痺して恍惚状態に陥るよう。地獄の門を前にして自分の境遇を忘れてそれに魅入られた芸術家といった趣の第1楽章。一転幸福感に包まれる第2楽章ではすっかりトリップしてしまったのか、はたまた燃え尽きた命を大勢の天使が迎えに来て、無事天国へと召されたのか。この曲はどこかクレーメルの演奏を想起させた。エルンスト作曲『シューベルト〈魔王〉の主題による大奇想曲』とかベートーヴェン作曲『〈フィガロの結婚 伯爵様が踊るなら〉の主題による12の変奏曲』あるいはクプコヴィッチ作曲『SOUVENIR』といった世間では好き嫌いが分かれるかもしれないが私は大好きな(もちろんクレーメル自身が好んでする)演奏の数々。

後半、ピアノは前半と全く変わりがないはずなのに、ブラームスOp.1191曲で音ががらりと変わる。この透明感は聞き覚えがある。2007年のサントリーホール、ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番のピアノのでだし。頭の中で、クレーメル、ツィメルマン、シューマン、クララ、ブラームスが踊り始める第2曲。専門的なことは分からないが、第3曲、第4曲を聴くと私はシューマンの『ウィーンの謝肉祭の道化』とか『ダヴィッド同盟舞曲集』を思い出してしまうのだが、このときは完全にシューマン、クララ、ブラームスの3人の世界へと没入。このアンドレ・ジッド作「狭き門」の主人公ジェロームのごとき青年ブラームスに対して、アリサより成熟した大人だったクララと、更に大人であり続けねばならなかったシューマンとの関係を回想する晩年のブラームスを諦観よりも熱い情熱で表現するツィメルマン。実は私はこの人の激しさをこの曲で最も感じたし、この日一番好きな演奏だった。

そしてシマノフスキ。ステージ袖から出てきて椅子に腰掛けるとちょっと咳き込むツィメルマン。そんな姿を目にしたせいか、私もなぜか喉がいがらっぽく感じられ息苦しかった前半。しかし徐々に描き出される世界に引き込まれそんなことを忘れた。祖国の作曲家の作品に込める思いというのは特別なものがあるに違いなく熱演だったと思う。葬送行進曲で葬列が遠くからだんだん近寄ってきて去っていく遠近感や美しさはすばらしい。また繊細なメロディがどんどん豪快で壮麗な響きへと変化していく様は爽快感があった。

鳴り止まない拍手に何度もカーテンコールで呼び出されて最後は、ポケットから小さなマスクを取り出してかける真似をして笑いをとり、お茶目な笑顔で終了。そういえば、数日前のマエストロ・ポリーニはピアノにも拍手をというジェスチャーを見せて満足そうに微笑んでいた。会場にツィメルマンも来ていたようで、あの幸福なひと時を聴衆の一人として共有できたのかと思うと、うれしい。

どの曲もかなり高速で飛ばすところはあっても激情に駆られて破綻することなくしっかりと構成された演奏であったと思う。また、異なる作曲家の作品を時代を追って並べたので、曲が変わる毎にピアノの音の雰囲気ががらりと変化し非常に面白かった。母は「この感動をなんと表現していいかいろいろ考えたのだけど」と前置きした上で「酒米を60%も削って作る純米大吟醸のように香りが豊かで雑味の無い音だった」と言った。我が家にいる間に、いろいろな日本酒を舐めてそのおいしさに開眼した人らしい言葉だった。

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2009.07.02 追記

「音楽の友」7月号にクレーメルへのインタビュー記事が掲載された。その中で印象に残った言葉が『--私にも好き嫌いはありますし、---例えばシューマンとブラームスに同じように接することができるかというとそれは違います。---私はブラームスにはシューマンほど愛着を感じません。また、ベートーヴェンとシューベルトでは、シューベルトにより愛着を感じます。--』

クレーメルのそういった愛着はなんとなく感じられるし、おそらくツィメルマンはブラームスにより共感を覚えてきたのだろう。たぶんそういう指向性というか気質が感じられるので、op.119の第2曲のワルツで踊るクレーメルとツィメルマンが見えたのではないかと、妙に納得してしまった。それと同時に、2007年のスーパーデュオのブラームスプログラム世界ツアーは(何が本当のきっかけかは知る由もないが)ツィメルマンのためにクレーメルがプロデュースしたのではなかろうか、とさえ思えてきた。

クレーメルという人は実生活における愛憎よりも、音楽家としてのあるいは芸術家としてのシンパシーを優先させる(少なくともプロフェッショナルとしては)人だと思うので、そういう少し屈折した理性の在り方がシューマン的で、それだけに内部へ押し込められた感情が思いがけない形でひょいと顔を覗かせるのだろうと思う。

一方、ツィメルマンは憂いのあるブラームスの内向的表現はこれまでも長けていたが、今回の演奏を聴くと、より型に嵌らない自由な表現へと向かっているように感じる。次回以降の演奏はガーシュウィン、ショパンと続くようだが、いつかシューマンの「暁の歌」を聴きたい。

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公演各種 リサイタル、薪能、など

先週は19日がポリーニ・リサイタル、22日がツィメルマン・リサイタル、23日が薪能鑑賞で、母が1週間滞在していたので何かと忙しかった。

ツィメルマン・リサイタルの感想は現在まとめている最中。

薪能は、「羽衣」(なんか途中端折っていたような・・・)1曲だけで雷雨のため中止。ひどい。全部とは言わないが、返金して欲しい。2002年千駄ヶ谷での薪能は(国立競技場ではイタリア代表チームとアントラーズが練習試合をしていた)雨が降っている中でも最後まで舞い続け、後からお詫び状と次の定期公演のチケットを送ってきてくれたけど。。。

そんな中、世界バレエフェスティバルのチケットが送られてきた。「高い!」と文句を言う家人に「良い席でしょ?」と無理やり同意を求める。ついでに11月のクレメラータ・バルティカとイグデスマン&ジュー(二人ともメニューイン・スクール出身とのことで、もちろん単なるお笑いではない。だからこそ、クレーメルが目をつけたのだろうけど。)の『BEING GIDON KREMER』のチケットも確保。笑いと映画音楽でクレーメルの半生をたどる、とあるが、CD『LE CINEMA』からだけでなく、だれでも親しみやすく且つ優れた映画音楽を演奏してくれるのだろうと期待。これまで散々TV、ビデオ、DVD、CDなどではその演奏を聴かされている家人が初めてクレーメルの生の音に接するにはちょうど良い企画かと。クレーメルのことを猪熊虎五郎と呼び(私はその人を知らないのでなんとも言いようがないが・・・)、親しみを感じている様子(?)だが、実際にその音楽に接したときの感動を共有できたらと思う。ロックやジャズのライヴも編集済みの録音や録画とは当然異なるけれど、これらは単純に音に関して言うと編集されたものの方が聴きやすいことが多い。ところが優れたクラシック系の音楽の場合、特にクレーメル級になると生の音の迫力と繊細さは格別。ジャン・リュック・ポンティ(家人が好き)とはテクニックも表現世界も全く違う!!驚くに違いないと踏んでいる。

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マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル

2009年 5月19日 19:00開演 於:サントリーホール

シューマン ピアノ・ソナタ第3番へ短調op.14
       (管弦楽のない協奏曲)

シューマン 幻想曲ハ長調op.27

シェーンベルク 6つのピアノ小品op.19

ウェーベルン ピアノのための変奏曲op.27

ドビュッシー 6つの練習曲(練習曲集第2集)
   7.半音階のための
   8.装飾音のための
   9.反復音のための
  10.対比的な響きのための
  11.組み合わされたアルペジオのための
  12.和音のための

アンコール

ドビュッシー 前奏曲集第1巻から 沈める寺

ドビュッシー 前奏曲集第1巻から 西風の見たもの

リスト 超絶技巧練習曲集から第10番へ短調

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シューマンのピアノ・ソナタ第3番は優しい気持ちが溢れていて、シューマンの温かな人柄と現在のポリーニがシンクロしているように感じた。次の幻想曲の冒頭はこれから若いクララには不安なこともあるかもしれないけれど、いつでも僕(ローベルト)がついているから心配しないで、という風に、あるいは、ポリーニからの若い人たちへの応援歌であるようにも聴こえた。全編を通してあふれる愛する気持ちに切なくなったり、癒されたり、まるで歌劇「ローベルト・シューマン」byポリーニ といった感じで、ひとりでに涙がこぼれる場面が幾度かあった。

ただ、私の席が1階の後部中央で2階のバルコニーが被っているところだったので、音響的にどうもこもった感じがして残念だった。

休憩に入り、ホワイエでCDなどをみてからホールに戻るとファブリーニ氏と思しき方が調律していた。緊張感のある中音域を作ろうとしているようだった。思わず近くによって見てきた。ピアノはスタインウェイとは書いてあったが、ファブリーニとは書いてなかった。

後半、静寂の中に音を一つ一つ配置していくかのようなシェーンベルクは先ほどの調律のおかげか私の席でも十分に明瞭な響きで届き、まるで華道家が鋏を持って余分な枝を落としながら空間(宇宙)を作り上げていくようだった。ウェーベルンは大自然の中で繰り広げられる環境芸術のようで、身体の芯奥から発熱していくのを感じた。ウェーベルンの無調音楽がこんなに熱く感じられたのは初めてだった。ところが、予想はしたものの、この新ウィーン学派の2曲で聴衆の緊張感が途切れて、静寂が保たれなかったのは非常に残念だった。

一転、ドビュッシーのエチュードになると、急に聴衆の親近感が増したのが分かる。実際のところ、練習曲は前奏曲集のように物語性のあるタイトルが付いている訳ではないのに、まるでホビットの冒険、『指輪物語』が始まったかのような展開で、トールキンでなくとも、『長靴下のピッピ』のリンドグレーンでも、『トム・ソーヤの冒険』のマーク・トゥウェインでも、はたまた『スタンド・バイ・ミー』のスティーヴン・キングでもこの演奏を聴いたらきっとイマジネーションが膨らんだのではないかと思われる、様々な自然や超自然の光景が色鮮やかに流れていく。すばらしい!!前半に比べ音量も明瞭度も上がって、こんな体験を出来たことに感謝感激、「マエストロ、ありがとう!!」

アンコールの2曲は期待通りのドビュッシー プレリュード
『沈める寺』はモン・サン・ミシェルというより大伽藍(私的にはタージ・マハル)が宇宙の彼方から現れたように聴こえた。スケールの大きな演奏。
『西風の見たもの』これもすばらしい!なんかだんだんスケールアップしてくる演奏に高まる鼓動。

極めつけがリストの超絶技巧練習曲。正直言ってこれまでリストの音楽はなんか感動できなくて、派手な技巧を見せびらかして下品じゃないかとも感じていた。しかしこの夜のポリーニの演奏には聴衆への、そして音楽の神様への愛が溢れていた。わたしは、ただそこにあって至福に身を委ねていた。

場内が明るくなっても、総立ち。万雷の拍手。
来年は来日するだろうか?そんなことを考えながら、しばらく余韻に浸りたい。
正面ロビーのスプリンクラーが故障して水浸しになったのは、ホールも感涙を流したのだろう。

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≪茄子とズッキーニと牛肉の炒め物 大根とベーコンのあんかけ≫

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≪干焼蝦仁≫

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≪青梗菜とべーコンの炒めもの 焼き茄子≫

Crw_5581

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《韮入卵焼き 生麩の青海苔揚げ》

Crw_5580韮入卵焼き

生麩の青海苔揚げ

グリンアスパラガス パセリソース添え

肉じゃが

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≪タリアテッレ≫

Crw_5577タリアテッレ 茄子とアスパラガスとトマトとベーコンのソテーとルッコラーとともに

南瓜のグラタン

牛ヒレ肉のステーキ

人参とこんにゃく(肉じゃがの)

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≪空豆とたらこの混ぜご飯≫

Crw_5573空豆とたらこの混ぜご飯

蕪と胡瓜の浅漬け

豚肉とインゲンの胡麻和え ポン酢入り

ウィンナソーセージのピザソースソテー

人参のサラダ

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≪豚の生姜焼き≫

Crw_5571豚の生姜焼き

人参と鞘インゲンとラディッシュの蕪あんとじ

焼き鮭

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≪焼き茄子 牛モモ肉のソテー≫

Crw_5567ポトフ ジャガイモと人参

焼き空豆

牛肉のソテー

焼き茄子

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興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展

少し前になるが、5/1 東京国立博物館 平成館に出かけた。噂ではイマイチとのことだったが・・・

興福寺へは17年前だったか行ったことがあり、うちの家族3人以外は周囲に誰もいない暗い館内で阿修羅を観ている。「教科書やパンフレットでおなじみの阿修羅がこれか、意外と小さいな。」と思った覚えがある。今回は360度周囲を廻りながら見られるのだが、後ろから見てもあまり感動はなく、やはり正面性を強く感じる。細い腕が伸びる様は確かに異形で艶かしくはあるが、均等に照明で照らされるとあのうす暗さの中で見たとき程の不気味な邪気は感じられない。また、周囲に大きさを比較できる人間がいるのでさほど小さくもなかった。

八部衆や十大弟子は観たことのあるものもあれば、記憶にないものもあった。どれも製作が阿修羅と同じ天平6年となっている。よく残ったものだ。造形的には八部衆のほうが面白いものが多い。

四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)や釈迦如来像頭部(運慶作)、薬王菩薩、薬上菩薩等鎌倉時代のものは、大きく迫力があるが、この時代のものは他にもいくつも見ているため、見慣れた感覚はある。

その他、和同開珎や金・銀製品、水晶、琥珀など当時の貴重品が国宝なのは分かるが、その方面には疎く面白みが感じられない。

こちらも久しぶりに常設展を廻ってきた。

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≪豚ロースと大葉とチーズの春巻≫

Crw_5564紅鮭と高菜のご飯

豚ロースと大葉とチーズの春巻

インゲンのすり胡麻マヨネーズ和え

ゴールデンキウィ

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薔薇

母の日に贈る花を一足早くもらった。Crw_5560

1本だけ異なる赤と白のまだらはカーネーションのつもり?Crw_5552

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ラ・フォル・ジュルネ 2009

今年のテーマは「バッハとヨーロッパ」

5/3 東京j国際フォーラムは朝から大勢の人と食べ物の匂いでむせ返るようだったが、コンサート自体は楽しく過ごすことができた。

No.132 ホールB5 ボリス・ベレゾフスキー
     J.S.Bach ゴルトベルク変奏曲
     ロシアの熊さん、小さな会場(256席)にあわせ、ペダルはあまり踏まず曲を優しくまとめあげ、聴くものをメルヘン世界へと誘ってくれた。壁のアクリル製の白い反射板が障子の様で、視覚的な落ち着きを与えていたことも相乗効果をあげていたと思う。
     演奏が終わり、暖かい拍手に迎えられた熊さんと何度か目があった(気のせい?)。

No.153 ホールD7 シュ・シャオメイ
     J.S.Bach 「平均律クラヴィーア曲集第1巻」より前奏曲とフーガ
     以前から気になっていたシャオメイのピアノ、彼女はペダルを踏んでも音が濁らず飾らない透明で清らかな音が、時に優しく、時に厳しく、精神世界を描いていた。それは神のものではなく、神を求める人間のものであったと思う。アンコールにゴルトベルク変奏曲のアリアを演奏したが、先ほど熊さんの演奏を聴いたばかりだったので、彼女の持つ精神性がより強調された気がした。
     このホールは開場時に係員さんがハンドベルの演奏で迎えてくれて楽しかった。

No.176 G409 イド・バル=シャイ
     F.クープラン 「クラブサン曲集」より
     鼻歌を歌いながら演奏するバル=シャイ。紡ぎだす響きは綺麗で、アットホームな雰囲気なのに、なぜか演奏者と聴衆に一体感が生まれない。演奏開始時刻が遅れたためか、終わりの時刻を気にしてそわそわする人がいたせいかな。気の毒。
     ピアノではなく、チェンバロで聴いてみたかった。

No.157 ホールD7 タチアナ・ヴァシリエヴァ 勅使河原三郎
     J.S.Bach 無伴奏チェロ組曲第2番、第5番
     今回もっとも楽しみにしていた演目。
     ヴァシリエヴァのチェロは安定した技巧でダンスの鼓動とチェロ奏者の空気を吸い込む音が一体化し、文字通り息のあったパフォーマンスだった。普通、バレエなど演奏者がオーケストラピットに入ってしまい見えないが、同じ舞台に立つことで能や歌舞伎などの日本の伝統芸能が思いおこされた。勅使河原のダンスは独特な動きで、バレエや日本舞踊とも異なり、どちらかというと太極拳のような中国拳法や空手の型に似ていると思った。呼吸の間合いを大事にしているところもそういった武道に通じる気がする。近くにいた人が、「ジョン・ノイマイヤーがマーラーやバッハの曲を使うけど、ノイマイヤーよりもむしろバッハはこのような抽象表現があっているように感じた。」と話していた。その意見に頷く気にはなれないが、バッハの音楽が描く精神世界は必ずしもキリスト教だけに通じるものではないのだということは感じられた。
      開場時のハンドベルの演奏曲は先ほどとは異なり、係員さんの腕もいろいろでおもしろかった。

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