「オネーギン」 シュツットガルト・バレエ
2008年11月28日 於:東京文化会館
この舞台の前に、国立西洋美術館で「ハンマースホイ展」を観て、まるで舞台セットのような絵だなと感じていたので(詳しくは後日)、今日の舞台セットの冷気を感じさせるような静けさが余計にすばらしく感じられた。
オネーギンはナルシストの自己中心的な部分と寂しがりの情けない部分とが程よくミックスされて、イリ・イェリネクの踊りも演技も想像以上にカッコよかった。
タチヤーナのアマトリアンもリフトされたときの背中や腕、脚のラインが美しくてよかった。
また、オリガを演じたカーチャ・ヴュンシュというダンサーを知らなかったが、とても丁寧な踊りが上品でよかった。第1幕ではタチヤーナよりも華やかな妹がコケティッシュでひきつけられた。
レンスキーのフォーゲルは着地音が気になったが、全体としては子供じみた役と言うよりも、実際かわいらしい少年のようだった。
演奏は管楽器が時々モゴモゴしていたがめちゃくちゃ外すことはなく場を盛り上げるのには貢献していた。
オネーギンがイリ・イェリネクの日を選んだら、オネーギンの初日になったけど、明日も明後日も見たいと思わせてくれる舞台だった。----用事があって、無理なのが残念。
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「ロミオとジュリエット」という演目は、オペラよりもバレエのほうが優れていると思う。バレエ(プロコフィエフ、チャイコフスキー、ベルリオーズ)とオペラ(グノー)では音楽も異なるし、それぞれの演出の違いもあるが、オペラ歌手はどうしても視覚的に14,5歳には見えないこともあり、若者二人の勢いを表現するにはバレエの方が向いていると思うのだ。映画や本来の演劇でさえ表現しにくいパッションとトランス状態を直接観客の感性に訴える最適な表現だと思う。
「エフゲーニ・オネーギン」はオペラとしてあまりに有名なので、ちょっと同列に並べるのは気がひけるが、分かりやすさにおいてはオペラよりもバレエのほうが上だろう。オペラはロシア語で字幕がないと歌詞の意味がわからないという最大の問題があるが、このバレエ第1幕第2場 鏡をみているうちにタチヤーナが空想(妄想)の世界へ入っていき、オネーギンとの愛を夢見るところは、非常によくできている。リフトの連続による高揚感は秀逸だし、第3幕第2場 タチヤーナの部屋にオネーギンが現れて足元にすがりつく様子など言葉がないだけに二人の葛藤が同時に感じられる。
先日もチャイコフスキーは苦手と書いたが、このオネーギンはその女々しさが実によく活かされた作品なのだ。”女々しい”というこの侮蔑的表現は女性に対して使われることはなく、男性に対して使われる言葉で、元来こういう無くしたものへの執着心、悔恨の念は男女の性に関係なく人それぞれが程度の差こそあれ持っているもので、そういった感情を見せないことが男の美学であったのは、つまりそういった感情は実は男性の方が元来強いのではないかと思うのだ。女々しいというと侮蔑的だがロマンティストというと急に聞こえがよくなるが根底にある感情は似ている。
レンスキーのように感情を爆発させるのではなく、ぐっとこらえるところにこの演目のエロスがある。
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